松本てふこの句

February 2322012

 不健全図書を世に出しあたたかし

                           松本てふこ

あたたか」は春の心地よさがぼーっと感じられる頃で、今年のように厳しい寒さを経た身には、あたたかさを待ち望む気持ちが強くなるようだ。エロ本、マンガ?よく世の中の攻撃の的になる「不健全図書」だけど、その昔、思春期に差しかかった子供たちには誰にも聞けないことを盗み見て裏の世界を知るための指南書のようなものだった。今のようにインターネットもない、親や大人たちはコワイ。面と向かって聞けないことを、年の離れた兄弟がベッドの下にかくしている「不健全図書」をこっそり引っ張り出しては盗み見るスリルを味わっていた。教育的指導を好む大人たちは「不健全図書」が猟奇的な犯罪を招いているお考えかもしれないが、「不健全図書」にお世話になった身としては、そんな単純なものでもないだろうと抗議したい気持ちがある。その意味で不健全図書を作る仕事を「あたたかし」と言ってのける作者の詠みぶりに拍手を送りたい。『俳コレ』(2011)所載。(三宅やよい)


October 04102014

 ひらがなの名のひととゆく花野かな

                           松本てふこ

野は、華やかだけれどもどこか淋しい、というイメージをまといながら概ねさりげなく詠まれる。そして、読み手それぞれの花野はまちまちでも、はなの、というやわらかい音と共に広がる風景に大差はなく、ああそういう感じだな、と共感を生む。だが、掲出句は少し違っている。そういう感じだな、と客観的に鑑賞するような感覚ではなく、すぐに花野の中を歩いているような心地がするのだ。ひらがなの名のひととゆく、という一つの発見は、花野の風の感触と匂い、明るさとひとことでは言いようのない光の色、それらをごく自然に浮かび上がらせ、読み手は秋に包まれる。「俳コレ」(2011・邑書林)所載。(今井肖子)




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