齋藤朝比古の句

August 2282009

 裂ける音すこし混じりて西瓜切る

                           齋藤朝比古

つかしい音がする句。今は、大きい西瓜を囲んで、さあ切るよ、ということもほとんどなくなった。母が無類の西瓜好きなので、子供の頃は夏休み中ずっと西瓜を食べていた気がする。西瓜を切った時、この裂ける音の微妙な混ざり具合で、熟れ具合がわかる。まさに、すこし裂ける音も混じりながら、包丁の手応えがある程度しっかりあると、みずみずしくて美味しい。逆に、手応え少なく裂けるものは、ちょっとアワアワになっていて残念なのだった。忘れかけていた感触を思い出しながら、西瓜が食べたくなる。この句は、美味しそうな句が並ぶ「クヒシンバウ」と題された連作中の一句。その中に〈鰻屋の階段軋む涼しさよ〉という句があり惹かれていた。涼しは夏季だが、使いやすいので私もつい安易に使ってしまう。先日参加した吟行句会でも、涼風に始まって、汗涼し、露涼し、会涼し、そして笑顔まで涼し。しかし、涼し、は本来暑さの中にふと感じるもの。炎天下、鰻屋に入りふうと一息、黒光りする階段をのぼりつつ、こんな風に感じるものだろうなと。それにしても、これまた鰻のいい匂いがしてきて食べたくなるのだった。「俳句 唐変木」(2008年4号)所載。(今井肖子)


December 15122012

 階段の螺旋の中を牡丹雪

                           齋藤朝比古

雪や思いがけない大雪のニュースがテレビから流れているのを見ていて、数年前の雪の日を思い出した。雪降る中、数人で空を仰いでいたのだがそのうち誰かが、なんだかどんどん昇っていくみたい、と言ったのだった。雪は上から降ってくるのだから相対的に自分が昇っていくように感じるのは当然なのだが、同じように見上げていた私は、逆に雪と一緒にどんどん沈んでいくように感じていた。掲出句の場合、そこに螺旋という動きを感じさせる曲線が加わったことで、また違った感覚になる。普通の階段は、昇っても降りても前へ進むことになるが、螺旋階段はひたすら上へ、または下へ。牡丹雪もひたすら、階段もひたすら、永遠に続く一本の螺旋の中を雪がただただ落ちてゆく、そんな映像も思い浮かんで美しい。合同句集『青炎』(1997)所載。(今井肖子)


November 26112013

 茶の花や家族写真の端は母

                           齋藤朝比古

族写真では家族の誰かがタイマーで撮影する。撮影者を除いた家族は一列に並び、母は遠慮がちに端に位置する。撮影者はタイマーをセットしたのち、列の端に加わるのが最適だと考える。が、しかし、母たるものの思考はそうではない。戻ってきた撮影者に対して「さぁさぁあなたが真ん中に。ほらここに入りなさい」と身をゆずり、「お母さんもうそんなこといいから」といった押し問答の間に、無情にもシャッターはおりてしまう。今のような撮影状態が常時確認できるデジタルカメラではない時代、失敗した写真のどれもが現像されることとなり、思いがけないやりとりが目の当たりになることもある。茶の花もまた、目の位置にどんと咲くような花ではない。花ならばもっと真ん中に咲けばいいのに、と思う心が在りし日の母の姿に重なってゆく。『累日』(2013)所収。(土肥あき子)


January 3012014

 青空の雫集めて氷柱かな

                           齋藤朝比古

国の暮らしに、軒先に伸びた氷柱は時に危険なものになりかねず、その始末も大変だろう。しかし家の内側から空を見上げる角度に垂れ下がり、夜空の星や、空の光を受けてきらきら光る氷柱はとてもきれいだ。屋根に積もった雪が家から伝わってくる熱に溶かされて軒先から少しつずつ滴る。その滴りがだんだんと凍ってゆき、軒先に棒状の氷柱が伸びてゆく。空から来た雪が解けて氷柱になる不思議、「青空の雫」という表現にそうした来歴ばかりでなく雪晴れの空を封じ込めてうす青く光る氷柱の美しさを感じさせる。『累日』(2013)所収。(三宅やよい)


August 0282014

 風鈴を鳴らさぬやうに仕舞ひけり

                           齋藤朝比古

ょっとした瞬間の心理である。風鈴をはずして、別に鳴っても構わないのだけれどなんとなく、鳴らさないようにそっとしまうのだ。昔は、歩いていてどこからか風鈴が聞こえてくることもあったし、祖母の部屋の窓辺には風鈴付きの釣忍が吊るしてあったが、そういえば最近はほとんど聞くことがない。確かにこの暑さだと、日中は窓を閉め切ってクーラーをつけて過ごすから風鈴の出番がないのかもしれない。同じ作者に<風鈴の鳴りて遠心力すこし >。作者のように、せめて夕風のふれる風鈴の音色を楽しむ余裕がほしいなと思いながら、遠い記憶の中の風鈴を聞いている。『塁日』(2013)所収。(今井肖子)




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