早朝のコンビニはパンや弁当を買うスーツ姿の行列ができる。ジーンズだと気後れする。




2005萩蛛i前日までの二句を含む)

April 0742005

 ンの字もソの字も同じ入学す

                           中野寿郎

語は「入学」で春。ははは。「ン」と「ソ」は確かに似ているし、書き順を同じにすると、どっちがどっちなのか区別がつかない。まごまごしているうちに、晴れて小学校入学ということになってしまった。そんな幼いころを、自嘲というほどではないけれど、微苦笑しながら振り返っている。入学の句というと、圧倒的に我が子のそれを詠んだものが多いなかで、掲句は自分の入学を詠んでいて珍しい。一見我が子の句としても通用しそうだが、戦後の小学国語では平仮名表記から教えるから、これは片仮名を先に教えた敗戦以前に入学した人の句と解釈すべきなのだ。他ならぬ私の入学も、敗戦の一年前だった。「ン」と「ソ」の区別に悩まされたクチである。だから、作者の気持ちはよくわかる。「エ」と「ヱ」の書き分けにも戸惑ったし、「イ」と「ヰ」の使い分け方なんてさっぱり理解できなかった。おまけに「清水」という苗字の仮名表記が、なぜ「シミズ」ではなくて「シミヅ」なのであるか。それがまた戦後になると、ころりと逆転して「シミズ」と書けと言われては、何がなんだか……と、かなり目の前が暗くなった。いまひとつ国語になじめなかったのは、案外こんなところに原因があったのかもしれないと思う。全国的に、昨日今日あたりが入学式のピークだろう。いまの子供たちは、どんなことにまごつきながら入学するのだろうか。江國滋『微苦笑俳句コレクション』(1994)所載。(清水哲男)


April 0642005

 寝たきりの目を閉じて泣く桜挿せば

                           望月たけし

誌「俳句人」(2005年4月号)のコラムで知った句。「寝たきり」になった父親(と、工藤博司の紹介文にある)に、もう例年のような花見はかなわない。そこでせめてもと思い、作者は花をつけた枝を折りとってきて、花瓶に挿して見せた。父親はしばし凝視していたが、急に「目を閉じ」たかと思うと、声を押し殺して「泣き」はじめたというのである。頬に伝う涙を認めてわかったのだが、しかし作者はそれを正視しつづけることはできなかったろう。おそらくは、はじめて見た父親の涙だ。この涙には、老いた我が身への口惜しさと息子の優しい思いやりへの感謝の念とが入り混ざっている。だからこのときの桜は、単なる花ではありえない。単なる花を越えた、いわば「世間」というものである。私たちの通常の花見にしたところで、たしかに花を見に行くのではあるけれど、花を媒介にして実は世間との触れ合いを楽しむためだと言ってよい。「寝たきり」の人は世間から不本意にも置き去りにされているわけだから、とりわけてそういうことには敏感になるはずだ。そんな孤独な心の枕辺に、華やかに挿された世間としての桜花なのである。誰が泣かずにいられようか……。老いの実相を鮮やかに提出した名句だと思う。『新俳句人連盟創立四五周年記念アンソロジー』(1991)所収。(清水哲男)


April 0542005

 勿忘草わかものゝ墓標ばかりなり

                           石田波郷

語は「勿忘草(わすれなぐさ)」で春。英語では"Forget-me-not"、ドイツ語では"Vergissmeinnicht"という名だから、原産地であるヨーロッパのいずれかの言語からの翻訳だろう。命名の由来をドイツの伝説から引いておく。「昔、ルドルフとベルタという恋人同士が暖かい春の夕べ、ドナウ川のほとりを逍遙(しようよう)していた。乙女のベルタが河岸に咲く青い小さな花が欲しいというので、ルドルフは岸を降りていった。そして、その花を手折った瞬間、足を滑らせ、急流に巻き込まれてしまった。ルドルフは最後の力を尽くして花を岸辺に投げ、「私を忘れないでください」と叫び、流れに飲まれてしまう。(C)小学館」。なんとも純情な物語だが、俳句ではこうした原意を受けて詠まれるときと、花の名の由来とは無関係に詠まれる場合とがある。とくに近年になればなるほど、由来を踏まえた句が少なくなってきたのは、この種の純情があまりに時代遅れで古風と写るからにちがいない。そんななかで、掲句はきちんと由来を詠み込んでいる。「わかものゝ墓標ばかり」というのは、かつての戦争で死んでいった若者たちの墓標の多さを言っている。彼らは、まさに恋人(愛する人々)のために闘って倒れたのであり、死の間際には「私を忘れないでください」と心のうちで叫んだであろう。そしてまた、彼らは作者と同世代であった。偶然に近い状況で生き残った作者の、彼らに対してせめてもと手向けた鎮魂の句として忘れ難い。『新歳時記・春』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)




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