September 28 2004
月の雨ふるだけふると降りにけり
久保田万太郎
今宵は十五夜。仲秋の名月だが、東京あたりの雲行きでは、まず見られそうもない。全国的にも今日は天気が良くなくて、天気図から判断すると、見られるとしても北海道や北陸の一部くらいだろうか。季語は「月の雨(雨月)」。雨降りで、せっかくの名月が見られないことを言う。雨ではなく曇りで見えなければ「無月」となる。しかし雨月にせよ無月にせよ、本義ではそれでも空のどこかが月の光りでほの明るい趣きを指すようだ。これには、楽しみにしていた十五夜が台無しになるのは、いかにも残念という未練心が見え隠れしている。そこへいくと掲句の雨は、もう明るいもヘチマも受け付けないほどのどしゃぶりだ。これほど降ればあきらめもつくし、いっそ気持ちがすっきりするじゃないかと、作者は言うのである。いわゆる江戸っ子の竹を割ったような気性が、そう言わせているのだろう。いつまでぐじぐじしていても、何も始まらねえ。早いとこ、さっさと布団を引っ被って寝ちまおうぜ。とまではさすがに言ってはいないけれど、そこに通じる一種被虐的な快感のような心持ちは感じられる。『新歳時記・秋』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)
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