November 09112003

 さやけしやまためぐりあふ山のいろ

                           かもめ

語は「さやけし」で秋。立冬は過ぎたが、これからしばらくの間、秋と冬の句が混在していくことになる。実際の季節感が秋のようであったり、冬のようであったりと、グラデーション的に寒い季節に入っていく。俳人によっては、もう秋の季語は使わないという人もいると聞くが、そこまで暦に義理を立てる必要はないだろう。是々非々で行く。掲句に目がとまったのは、最近とみに私も、同じような感慨を覚えるようになったからだ。昨年と同じ「山のいろ」にまためぐりあえたというだけで、心の澄む思いがする。まさに「さやけし」である。この心の裏側には、あと何度くらい同じ色にめぐりあえるだろうかという思いがある。いまアテネ五輪に向けての予選がいろいろ行われているが、アテネはともかく、次の北京を見られるだろうか。下世話に言うと、そういう思いと重なる。作者の年齢は知らないけれど、少なくとも若い人ではあるまい。また同じ作者の他の句を見ると「案山子さま吾は一人で立てませぬ」「秋冷の片足で取る新聞紙」などがある。歩行が不自由で、多く寝たままの生活を余儀なくされている方のようだ。だとしたら、なおさらに「まためぐりあふ山のいろ」が格別に身に沁み入ってくる。「案山子さま」という呼びかけ方にも、単なる親しみを越えて、なにか敬意を示したまなざしが感じられる。我が身と同じように人の手を借りて立つ案山子ではあるが、私よりもすっくと凛々しく立っておられる……。御身御大切に。WebPage「きっこのハイヒール」(2003年11月4日付)所載。(清水哲男)




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