October 152002
樫の實や郵便箱に赤子の名
吉田汀史
季語は「樫の實(実)」で秋。ドングリの一種。ただし、真ん丸いクヌギの実のみをドングリという場合もある。前書に「舊川上村」とあるから町村合併で村の名は失われたのだろうが、旧名からしていまなお人家の少ない山里の地が想像される。よく晴れた秋の日に、作者はたぶん出産のお祝いで、知人の家を訪ねたのだろう。玄関先に立つと、もう生まれたばかりの「赤子の名」が「郵便箱」に黒々と書かれていた。落ちてきた「樫の實」が、いくつか郵便箱の上にも乗っている。赤子とドングリ。この自然の取りあわせが、なんともほほ笑ましい。むろん、作者も微笑している。郵便箱に赤子の名を書いたからといって、赤子宛に郵便物が届くはずもないけれど、当家には家族が一人増えましたよというメッセージを世間に伝えているわけだ。そこの家族全員の喜びの表現である。昔はよくこんなふうに家族全員の名前を書いた郵便箱を見かけたが、最近はとんとお目にかからない。物騒な世の中ゆえ、家族構成が一目でわかるような情報を世間に晒すなどはとんでもないと考えるようになったからだ。我が集合住宅の郵便受けにもそんな表記は一つもないし、戸主のフルネームすら書いてない。すべて、苗字だけである。むろん、私のところも(苦笑)。そのうちに、苗字すらもが暗号化されるイヤ〜な時代がやって来そうだ。『浄瑠璃』(1988)所収。(清水哲男)
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