February 092000
ふくらんで四角薬屋の紙風船
小沢信男
そういえば、ありましたね。四角い紙風船。薬屋がおまけにくれた風船を、ふくらませてみたら四角だった。丸い風船のイメージがあったので、ちょっと意表を突かれたというところ。いかめしい感じの商売の薬屋だから、やっぱり風船もいかめしいや……。と、作者は心楽しくも腑に落ちている。そんな作者の納得顔が想像されて、もう一つ読者は楽しくなるという仕掛け。ところで、四角い紙風船はなかなか巧くつけない。どうかすると、とんでもない方角に飛んでいってしまう。不人気の理由である。そこへいくと、誰が発明したのか、丸い風船は実によくできている。形状の美しさもさることながら、ついているうちに内部の空気量が調節されるメカニズムの妙には、いつも驚かされてきた。寺田寅彦あたりに「紙風船論」はないのかしらん。ないのであれば、誰か専門家にぜひとも書いてほしいテーマである。「紙風船息吹き入れてかへしやる」(西村和子)。遊び道具を媒介にした、こうしたこまやかな心遣いの美学についても。『足の裏』(1998)所収。(清水哲男)
February 082000
梅固し女工米研ぐ夜更けては
飴山 實
句集の一つ前の句に「貯炭場に綿入れ赤し鉱区萌え」がある。作句は1955年(昭和三十年)、戦後十年目の早春だ。まだ「女工」という言葉が生きていた。当時の私は高校生、父が働いていた花火工場の寮に住んでいたので、この哀感はよく理解できる。朝早くから夜遅くまで働きづめに働いて、ようやく寮に戻ってくると、今度は自分の食事のための労働が待っていた。電気炊飯器などはない時代だから、冷たい水で米を研ぎ、火を起こして炊かなければならない。コンビニで簡単に弁当が買える今の環境とは大違いだ。「女工」たちは、多くが中学を卒業したばかりくらいの年齢だった。「梅固し」は、そんな蕾のような少女の姿を彷彿とさせている。貧しい農村や漁村から、集団就職で鉱区はもとよりいろいろな工場に働きに出た少年少女の数は膨大だった。「金の卵」とおだてられもしたが、要するに安い労働力として使われていたわけで、遊びたい盛りの彼らの心情はいかばかりだったろう。こうした人々の苦しい労働の結集があって、はじめてこの国の基盤が築かれたことを忘れてはならない。もはや高齢となった「金の卵」たちは、いまこの国に何を思って生きているのか。『おりいぶ』(1959)所収。(清水哲男)
February 072000
東風吹かばポテトチップス歩み来る
小枝恵美子
東風(こち)には「荒東風」という言い方もあるように、春先に吹くやや荒い風のことだ。「春風」の駘蕩とした柔らかさは、まだない。が、冬の間の北風が東からの風に変わってきただけでも、春本番も間近と思えて、気分はなごんでくる。そんな嬉しさのなかで、掲句は発想された。まさか「ポテトチップス」が歩いて来るわけもないけれど、あのシャワシャワとざわめくような感触が、よく「東風」の体感とつり合っている。リズムも軽快で、理屈抜きに楽しい句だ。「ポテトチップス」は季節を問わない食べ物ではあるが、こう詠まれてみると、早春にいちばん似合う菓子だと思えてくるから不思議な気もする。作者の感覚の勝利である。この種の句は、たくらんだり推敲を重ねたりして出来るものではないだろう。その時その場の感覚の瞬発力で、それこそ理屈抜きに書きとめてしまう必要がある。このように、俳句にはとっさの感応に呼応する受け皿も、伝統的にちゃんと用意されており、そこが常に構築を要求する(かのような)他ジャンルの文芸とは大いに違うところだ。詩の書き手としては、妬ましくもうらやましいと言っておくしかない。『ポケット』(1999)所収。(清水哲男)
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