19991001句(前日までの二句を含む)

October 01101999

 突抜ける青が好き青十月の

                           北島輝郎

球。ストレートに、十月をむかえた喜びを歌っている。爽やかな十月。今年も、そうあってほしいものだ。。さて、せっかくの爽やかな句の雰囲気に水をさすようだが、今日は一理屈こねたくなっている(えっ、いつものことだって、……すみません)。そんな気分になったのは、句の「好き」に触発されたからだ。いつの頃からか、俳句や短歌に「好き」だの「嫌い」だのという生(なま)の感情がそのまま詠まれるようになってきた。とてもひっかかる言葉遣いだ。理由は、もとより「好き」や「嫌い」は誰にでも生ずる感情だけれど、それを生で表現することの意図がわからない点にある。そうした作品を読むと、「好き」「嫌い」は作者の勝手であるが、読者である私はそう言われても困ってしまう場合が多いのだ。そこのところを、作者は読者が困らないように説得するのが「作品」であるのに、それをしていない「作品もどき」が大半である。私の常識では、この種の書き物を文学とはとても呼べない。文学以前に、作者がそうした個人的にしか通用しない生の感情を、なぜ作品として発表したいのか。他人に読んでもらいたいのか。不可解すぎて欠伸が出てしまう。社会常識もたいしたものではないことを前提にして言うのだが、こうした表現などをひっくるめて、世間は「変態」と呼んできた。ただ、私に言わせれば「変態」も結構なのだけれど、幼稚な「変態」は「嫌い」だということである。(清水哲男)


September 3091999

 孔子一行衣服で赭い梨を拭き

                           飯島晴子

(あか)は、赤色というよりも赤茶けた色。野性的な色だ。わずか十七文字での見事なドラマ。曠野を行く孔子一行の困苦と、しかしどことなくおおらかな雰囲気が伝わってくる。句についての感想で、かつて飯田龍太は衣服の色が「赭い」と読んでいるが、いささかの無理があるだろう。失礼ながら、誤読に近い。私としては素直に梨が赭いと読んで、衣服の色彩は読者の想像のうちにあるほうがよいと思う。ただし、どんな誤読にも根拠があるのであって、たしかにこの「赭」には、茫漠たる曠野の赤土色を思わせる力があるし、光景全体を象徴する色彩として機能しているところがある。句全体が、赭いといえば赭いと言えるのだ。それはともかくとしても、農薬問題以来、私たちは衣服で梨や林檎をキュッキュッと拭って齧ることもしなくなり、その意味からも、この句がますますおおらかに感じられ、スケールの大きさも感じられるというわけだ。したがって「まさしく才智きわまった作」と龍太が述べている点については、いささかの異存もない。「内容をせんさくして何が浮かびあがるという作品ではない」ということについても。『朱田』(1976)所収。(清水哲男)


September 2991999

 鰯めせめせとや泣子負ひながら

                           小林一茶

国信州信濃に鰯(いわし)を売りに来るのは、山を越えた越後の女。赤ん坊を背負っての行商姿が、実にたくましい。しかも昔から「越後女に上州男」といって、越後女性の女っぷりの評判は高かった。相馬御風『一茶素描』(1941)のなかに、こんなことが書いてある。「どんなにみだりがはしい話をもこちらが顔負けするほどに露骨にやるのが常の越後の濱女の喜ばれることの一つ」。となると、例の「あずま男に京女」のニュアンスとは、かなり懸け離れている。嫋々とした女ではなく、明朗にして開放的な性格の女性と言うべきか。句から浮かび上がるのは、とにかく元気な行商女のふるまいだが、しかし、一茶が見ているのは実は背中の赤ん坊だった。このとき、一茶は愛児サトを亡くしてから日が浅かったからである。「おつむてんてん」とやり「あばばば」とやり、一茶の子煩悩ぶりは大変なもののようだったが、サトはわずか四百日の寿命しかなかった。『おらが春』の慟哭の句「露の世は露の世ながらさりながら」は、あまりにも痛々しい。威勢のよい鰯売りの女と軽口を叩きあうこともなく、泣いている赤ん坊をじいっと眺めている一茶。おそらく彼は、女の言い値で鰯を買ったことであろう。(清水哲男)




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