昨日の東京は33度を越えた。なんだか暑いなと思いながら、パソコンと遊んでいた。




1998年6%句(前日までの二句を含む)

June 2861998

 さみだれを集めて早し最上川

                           松尾芭蕉

っている人もいると思うが、この句の原形は「さみだれを集めて涼し最上川」であった。泊めてくれた船宿の主人に対して、客としての礼儀から「雨降りのほうが、かえって涼しくていいですよ」と挨拶した句だ。それを芭蕉は『おくのほそ道』に収録するに際して、「涼し」を「早し」と改作した。最上川は日本三大急流(あとは富士川と球磨川)のひとつだから、たしかにこのほうが川の特長をよくとらえており、五月雨の降り注ぐ満々たる濁流の物凄さを感じさせて秀抜な句に変わっている。ところで、実は芭蕉はこのときにここで舟に乗り、ずいぶんと怖い目にあったらしい。「水みなぎつて舟あやうし」と記している。だったら、もう少し句に実感をこめてくれればよかったのにと、私などは思ってしまう。単独に句だけを読むと、最上川の岸辺から詠んだ句みたいだ。せっかく(?)大揺れに揺れる舟に乗ったのに、なんだか他人事のようである。このころの芭蕉にいまひとつ近寄りにくい感じがするのは、こういうところに要因があるのではなかろうか。もしかすると「俳聖」と呼ばれる理由も、このあたりにあるのかもしれない。そういえば、実際にはおっかなびっくりの旅だったはずなのに、『おくのほそ道』の句にはまったくあわてているフシがみられない。関西では昔から、こういう人のことを「ええカッコしい」という。(清水哲男)


June 2761998

 泉辺の家消えさうな子を産んで

                           飯島晴子

島晴子はシンカーの名人だ。直球のスピードで来て、打者の手元ですっと沈む。この句で言えば、出だしの「泉辺の家」は幸福の象徴のように見える「けれん味のない直球」だが、つづいての「消えさうな」で、すっと沈んでいる。ここで、読者は一瞬戸惑う。そして、次の瞬間にはその鮮やかな沈みように感心する。「消えさうな」のは「家」でもあり「子」でもある。明暗の対比の妙。つまり作者の作句上のテーマは、常識的な情緒には決して流されないということだろう。見かけだけの明るさをうたっていたのでは、いつまでたっても俳句は文学的に生長していかない。人間の真実を深いところでとらえられない。そうした意識が作家の目を生長させた結果が、たとえばこの句に結実している。ひらたく言うと、飯島晴子のまなざしは常に意地が悪いとも言えるのである。天真爛漫など信じない目だ。もう一句。「幼子の肌着をかへる夏落葉」。これも相当に怖い作品だ。可愛いらしい幼子の周辺に、暗い翳がしのびよっている。『定本・蕨手』(1972)所収。(清水哲男)


June 2661998

 壷に咲いて奉書の白さ泰山木

                           渡辺水巴

品だ。というのも、まずは句の花の位置が珍しいからである。泰山木の花は非常に高いところ(高さ10メートルから20メートル)に咲くので、たとえ自宅の庭に樹があったとしても、花を採取すること自体が難しい。したがって、多くの歳時記に載っている泰山木の花の句に、このように近景からとらえたものは滅多にない。ほとんどが遠望の句だ。この句は、平井照敏編『新歳時記』(河出文庫・1989)で見つけた。で、読んですぐ気にはなっていたけれど、なかなか採り上げることができなかったのは、至近距離で泰山木の花を見たことがなかったからである。遠望でならば、母校(都立立川高校)の校庭にあったので、昔からおなじみだった。ところがつい最近、東大の演習林に勤務している人に会う機会があり、その人が大事そうに抱えていた段ボール箱から取り出されたのが、なんと泰山木の純白の花なのであった。直径25センチほどの大輪。そして、よい香り……。近くで見ても、一点の汚れもない真っ白な花に、息をのむような感動を覚えた。そのときに、この句がはじめてわかったと思った。作者もきっと、うっとりとしていたにちがいない。なお、「奉書」とはコウゾで作られた高級な和紙のことをいう。しっとりと白い。(清水哲男)




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