1997年3月26日の句(前日までの二句を含む)

March 2631997

 あたたかきドアの出入りとなりにけり

                           久保田万太郎

日文芸文庫新刊(97年4月刊)結城昌治『俳句は下手でもかまわない』所載の句。うまいですねー。この無造作な語り口。一歩誤れば実につまらない駄句になる所を、ギリギリの所で俳句にできる作者の腕の確かさ。まさに万太郎俳句の精髄がここにある。季語は「暖か」。この句の舞台はビルでしょうね。すると、ドアは回転ドアか。くるっと回れば、もう外は春です。杉の花粉も飛んでくるけど……。(井川博年)


March 2531997

 春服や若しと人はいうけれど

                           清水基吉

るい色のスーツを着て出社すると、何人かから「お若いですねえ」と声がかかる。よくある光景だ。照れ臭いような、嬉しいような……。しかし、日常的に自分にしのびよる老いの影は、自分がいちばんよく知っている。いくら若ぶっても、取り返しがつくはずもない。だから、照れた後で、一瞬、針のような寂しさが胸をつらぬく。ところで作者によれば、この句の初出で「春服や」の上五は「行秋や」になっていたという。つまり、後に句集に入れるにあたり「晩秋」を「春」に置き換えてしまったわけだが、私は改作された明るい寂しさのほうを採りたい。『宿命』所収。(清水哲男)


March 2431997

 見返れば寒し日暮の山桜

                           小西来山

といえば、京都祇園の枝垂桜(糸桜)や東京九段などの染井吉野が有名だ。これらは、観賞用に開発された品種である。まことに素晴らしい景観を供してくれるが、一方で、野生の山桜の姿も可憐で美しい。山陰に住んでいた子供の頃、近くの小山に一本だけ山桜があった。山桜は、若葉と同時に開花する。子供だから、とくに感じ入って見ていたわけではないが、この句のようにどこか愁いを含んだ花時のことが印象に残っている。あの老木は、現在どうなっているのだろうか。有名な奈良吉野山の山桜は、残念なことに、写真でしか見たことがない。作者の来山(1654-1716)は大阪の人。由平、のちに宗因門。(清水哲男)




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