19970308句(前日までの二句を含む)

March 0831997

 耕人は立てりしんかんたる否定

                           加藤郁乎

とともに生きるのは容易なことではない。農家の子供だった私には、よくわかる。いかに農業が機械化されても、同じことだ。春先、田畑をすき返す仕事はおのれの命運をかけるのだから、厳粛な気持ちを抱かざるを得ない。春の風物詩だなんて、とんでもないことである。この句は、土とともに生きてはいない作者が、土とともに生きる人の厳粛な一瞬と切り結んだ詩。かつての父母など百姓の姿も、まさに「しんかんたる否定」そのものとして、田畑に立っていたことを思い出す。いまどきの人の安易な農業嗜好をも、句はきっぱりと否定している。(清水哲男)


March 0731997

 空をゆく花粉の見ゆるエレベーター

                           大野朱香

じめて乗ったエレベーターは、大阪梅田は阪急百貨店のそれだった。小学二年。敗戦直後。まだ蛇腹式の扉で、昇降するときには各階の売り場が見え、その不思議さに圧倒された記憶がある。余談だが、ベーブ・ルースのエレベーター好きは有名で、遠征先のホテルで暇さえあれば楽しんでいたという。ボーイへのチップも莫大だったらしい。ところで昭和初期のエチケット読本の類には「昇降機の正しい乗り方」なる項目があり、「乗った人は扉と正対すること」などと書いてある。この句のエレベーターは、扉を背にして乗る(というよりも、どこを向いて乗っていればよいのか困ってしまう)最近のタイプのもの。花粉が見えるわけはないけれど、外が見える楽しさから、心がついこのように浮き立ってしまうときもある。(清水哲男)


March 0631997

 勿忘草蒔けり女子寮に吾子を入れ

                           堀口星眠

忘草(わすれなぐさ)は、英名の"FORGET ME NOT"からつけられた名前。元来は恋人への切ない想いを託した命名であるが、ここでは旅立っていった娘を案じる父親の気持ちが込められている。春は別れの季節。進学や就職で、子供は親元を離れていく。親も、その日が来ることを覚悟している。が、赤ちゃんのときからずっと一緒だった吾子に、いざ去られてみると、男親にもそれなりの感傷がわいてくる。淋しい気分がつづく。このときに作者は、たぶん気恥ずかしくなるような花の名を妻には告げず、何食わぬ顔で種を蒔いたのだろう。この親心を、しかし、遠い地の女子寮に入った娘は知らないでいる。それでよいのである。(清水哲男)




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