19961123句(前日までの二句を含む)

November 23111996

 博多場所しぐれがちなる中日以後

                           下村ひろし

分の隙もない、見事な決め技だ。上下漢字四文字の間にひらがな七文字を挟んでみせるなんぞは、確実に技能賞ものだろう。技法と中身の呼吸がぴたりと合っている。そして、情緒てんめん。芸で読ませる句のサンプルといってもよいと思う。ただし、素人がうっかりこの技に手を出すと自滅する。型がきれいなだけに、負けるとみじめさは倍になる。この句でも、どこかに作者の得意顔がちらついていなくもなく、考えるほどに難しい手法ではある。(清水哲男)


November 22111996

 夕焼は全裸となりし鉄路かな

                           あざ蓉子

あ、わからない。いや、わかるようでわからない。実は、この句。この夏の「余白句会」に蓉子さんが熊本から引っ提げてきた句のひとつで、結構好評であった。その後「俳句研究」9月号に掲載され、「俳句」11月号の鼎談(阿部完市・土生重次・青柳志解樹)でも話題になった。ポイントは「夕焼は」の「は」だろう。これを「に」にするとわかりやすいが凡庸となる。鼎談で阿部氏が述べているように、切字に近い「は」だと思う。そう理解すると、夕焼も鉄路もひっくるめての全裸という趣き。大いなる輝き。無季句と読みたいところだが……。(清水哲男)


November 21111996

 比良初雪碁盤を窓に重ねる店

                           竹中 宏

良は、琵琶湖の西岸を南北に走る地塁山地。近江八景の比良の暮雪は名高い。商売になっているのか、なっていないのか。いつもひっそりとしている店が、初雪のなかで一層静かに小さく感じられる。窓越しに見える積み上げられた商売物が、この小さな町で生きてきた店の主人の吐息を伝えているようだ。どこか田中冬二の詩情に通うところのある世界である。作者は私の京大時代の後輩にあたるが、名前と作品は彼が高校生だったころから知っていた。すなわち、彼は十代にして「萬緑」投稿者の優等生だったということ。一度だけいっしょに中村草田男に会ったことがある。二人とも詰襟姿で、ひどく緊張したことを覚えている。俳誌「翔臨」(竹中宏主宰)26号所載。(清水哲男)




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