October 171996
鯛焼のあんこの足らぬ御所の前
大木あまり
朝夕はだいぶ冷え込むようになってきた。辛党の私でも、ときどき街でホカホカの鯛焼きを食べたい誘惑にかられるときがある。まして、作者は女性だ。旅先の京都で鯛焼きを求めたまではよかったが、意外に「あんこ」が少なかったので、不満が残った。庶民の食べ物とはいえ、さすがにそこは京都御所前の鯛焼き屋である。上品にかまえているナ、という皮肉だろう。それにしても、御所の前に鯛焼き屋があったかなあ。どなたか、ご存じの方、教えてください。ついでに「あんこ」の量についても。無季。『雲の塔』所収。(清水哲男)
October 161996
乳母車むかし軋みぬ秋かぜに
島 将五
この作者にしては、珍しく感傷的な句だ。乳母車の詩といえば、なんといっても三好達治の「母よ……/淡くかなしきもののふるなり」ではじまる作品が有名だが、この句もまた母を恋うる歌だろう。むかし母が押してくれた乳母車の軋み。それが秋風の中でふとよみがえってきた。六十代後半の男の、この手放しのセンチメンタリズムに、私は深く胸うたれる。母よ……。『萍水』所収。(清水哲男)
October 151996
秋の灯のテールランプが地に満てり
阿波野青畝
青畝は関西の人だから、ここは大阪の繁華街か、それとも神戸か西宮の街か。夜ともなると、道路は仕事がえりの車や客待ちのタクシーなどでごった返す。降り続いていた雨も、ようやくあがった。雨に洗われた夜気のなか、そうした車のテールランプが道路の水たまりにも反射して、ことのほかぎっしりと目に鮮やかだ。立ち止って見つめるという光景ではないが、まぎれもなく現代人に共通の情が述べられている。さりげなく、しかし鋭い感覚に感嘆させられる。『甲子園』所収。(清水哲男)
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