July 021996
梅干すといふことひとつひとつかな
石田郷子
母は必ずアルミニュームの弁当箱に梅干しを入れてくれた。しかし不思議なことに、母が梅干しを食べるのを見たことがない。土用干。ひとつ、ひとつ。生活をみつめるとはこういうことなのだろう。『秋の顔』所収。(八木幹夫)
July 131996
氷片を見つめ見つめて失いぬ
池田澄子
人と人との付き合い方は難しい。ふとウィスキーグラスの中の氷片を見つめてしまった。カリリンという涼しげな音立てていた固体。形あるものもいつしか消えてしまう。でも、まあいいか。こんな句を作る女性ともう一杯。(八木幹夫)
August 021996
蜩といふ名の裏山をいつも持つ
安東次男
川崎洋氏によれば、ヒグラシのことを「日暮れ惜しみ」と呼ぶ地方もあるそうだ。命名の妙。若き日、詩集『六月のみどりの夜は』を読んだ。裏山ではいつも蜩(ひぐらし)が鳴いていた。私の中にもあったはずの裏山。今何処。『裏山』所収。(八木幹夫)
October 011996
ヒト科ヒトふと鶏頭の脇に立つ
摂津幸彦
ホモサピエンスかホモルーデンスか。鶏頭の十四、五本を数えなくとも、ただその脇に立つだけでいい。するとどうだろう。言葉のハ行とカ行とタ行の音がおのずと遊びはじめる。巧まぬ何気なさ。ぼーっとつっ立っているのは誰。『鹿々集』(1996)所収。(八木幹夫)
April 191997
歩かねば山吹の黄に近づけず
酒井弘司
渓流竿をリュックにしのばせ、谷を降りる。朝もやの川面に今、何か動いた。仕掛けを用意する手ももどかしい。早く、あのポイントへ第一投を。竿を納め、山道を戻る。山女に出会えたヨロコビ。山吹の黄がにわかに目に入る。俳誌「朱夏」所載。(八木幹夫) [memo・山吹]バラ科ヤマブキ属の落葉低木。よく見かけるのでありふれた庭木と思われがちですが、植物分類学上は一属一種の珍しい植物です。学名ケリア・ヤポニカ。ケリアは英国の植物学者の名に由来し、ヤポニカは日本産の意味です。(讀売新聞・園芸欄・小西達夫・April.15.1997)
May 301997
花石榴生きるヒントの二つ三つ
森 慎一
物とこころが瞬間にぶつかって句が成る。よくあることなのだろうか。人事句でありながら、花石榴(はなざくろ)の実が一樹にぽつりぽつりとあるのを、永年見つづけてきた人の句。花はたくさん咲くが、実は少ない。やはり、二つ三つ。『風のしっぽ』所収。(八木幹夫)
April 101998
春宵や自治会の議事もめて居り
酒井信四郎
まだ子供が小さかった頃、地域の方々にドッジ・ボールや運動会やお祭りで三人の娘たちがお世話になった。女房に尻を叩かれ自治会のお手伝いをしぶしぶ引き受けたことがある。議事は延々深夜に及んだ。最後に長老が一言、「こりゃあ、明日の晩、もう一度やるべえ」。なんとも楽しげに一同が賛成する。お茶をなん杯も飲み、漬物をつまみながら。何でも早く事を済ますのがいいわけではなさそうだ。若造の私ごとき短慮ではついていけない。もう一句、「国訛りさざめく春の県人会」。新潟小千谷生まれの元郵便局長さん、当年とって九十歳。『有峰』所収。(八木幹夫)
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