接続していただき、ありがとうございます。
このページでは、これから(July 1996)ひとまず十年という歳月をかけて、俳句の歳時記をつくろうとしています。原則として一日一句の登録ですから、完成しても3600句ほどの小さな歳時記でしかありませんが、よろしくおつきあいください。

私は、現在58歳(1938年生まれ)。
20歳のころから主に詩を書いてきました。中学生くらいから俳句を常に愛読はしてきましたが、いわゆる「俳人」ではありません。が、日頃、趣味としてひもといてきた種々の歳時記には、いつも大きな不満を感じつづけてきました。
その最大の点は、選句にあります。
はっきりいって、どの歳時記の掲載句にも玉石混淆ぶりが目立ちすぎます。多く、編纂者や編集者の結社意識ないしは怠慢のしからしめたところでしょう。止むをえないと言ってしまえばそれまでですが、一俳句愛好者までが、そんな俳壇政治や怠慢に付き合う必要はないわけです。もっともっと、切れば血の出るような凄い、あるいはスゥイートな俳句は、世の中にたくさんあるのだと思います。

そこで、誰もやらないのなら自分が「いっちょう、やつたろか」という気になり、後先をもかえりみず(まあ、一年ほどは考えましたが)、このページをスタートさせてしまいました。 当分の間は、私も参加している俳句を楽しむ会である「余白句会」の諸兄姉や、個人的に存じあげている俳句作家や批評家の協力を得て、運営していくつもりです。その他にも、多くの俳句好きの皆さんに参加していただきたく、折りに触れてさまざまな企画も考えていきます。

おおまかな原則ですが……
作品のトップページ掲載時間は、およそ72時間とします。**1年後(1997年7月)より既掲載句全句に検索機能をつけてデータベース化します。その節は、インターネットのみならず、可能なかぎりの媒体を通じてご案内いたします。

毎日、新しい句を紹介します。更新不可能な場合には、理由をお知らせします。その理由も書かれていない場合には、「こりゃあ、大変だ」ということになるのかもしれませんが(笑)。
無季、有季は問いません。作品の書かれた年代も問いません。
掲載句には、必ず署名入りの簡潔なコメントをつけます。ここが本歳時記のミソです。

勝手ながら、掲載作品は批評のための引用という著作権法上での解釈で、原作者への掲載許可願いは特にいたしません。ご不満のある著作権者があった場合は、誠意をもって対応します。なんなりと、お申し出ください。

なお、俳句の横書きに抵抗感のある方もいらっしゃるでしょう。お気持ちは、よくわかります。縦書きにすることは可能なのですが、そうすると、*すべての文字をグラフィックとして扱うことになり、グラフィックを見ることが出来ない環境の人たちを、このページからオミットする結果を招来してしまいます。といいながら、私もいくつかの飾りはつけていますが、しかし当分の間、本質的な部分には今後ともグラフィックの要素は省いていくつもりです。世界中の俳句愛好家が高速のマシンでNETSCAPEの最新版を動かしているわけではありませんから。身軽さも大事です。グラフィックを多用したWEBページには、うんざりさせられます。大手の愚かな企業は、大金を投じて鈍くて重いページづくりに専念しています。開いた口がふさがりません。

以上、なんだか妙にかたくなっちゃいましたが、俳句の好きな一詩人の歳時記作りに、たまにはご注目いただきたく……。
この楽しい仕事は、私の余命(!)とのおっかけっこでもあるわけで、一所懸命に取り組むつもりです。どうか、よろしくお願いします。

               1996年7月1日(月)  清水哲男

*この部分は誤りでした。グラフィックにしなくても、少々面倒ですが縦書きは可能です。「看板のない博物館」の住本雄司さんより、メールで指摘あり。ありがとうございました。ただ、ここまでやってきたので、このまま突っ走ります。問題の次元は異なりますが、今度は狭い画面だと縦横のスクロールが気になりますしね。なお、上記の文章は、私の勉強不足を記念して(笑)あえてそのままにしておきます。1996年11月4日(月)

**お待たせしました。長尾高弘氏の全面的支援により搭載することが出来ました。
               1997年11月1日(土)