August 3182005

 本ばかり読んでゐる子の夏畢る

                           安住 敦

語は「夏畢る(夏終る)」、「夏の果」に分類。既に二学期がはじまっている学校もあるが、多くの学校では今日までが夏休みだ。この間、ほとんど本ばかり読んで過ごした子の「夏」も、いよいよ今日でおしまいだなあと言うのである。親心とは切ないもので、いつも表で遊び回っている子もそれはそれで心配だけれど,本を読んでいるとはいえ、家に閉じこもってばかりいる子の不活発さも気になってしまう。明日からは新学期。作者はこれで、少しは活発に動いてくれるだろうと、ほっとしているのだ。なお「終る」ではなく、わざわざ「畢る」という難しい文字を使ったのは、書物の終りを示す「畢(ひつ)」にかけて「もう本は終りだよ」と洒落たのだろう。「畢」は漢語で「狩猟に用いる柄つきのあみにかたどった象形文字で、もれなくおさえてとりこむ意を表す」[広辞苑第五版]。ひるがえって、私が子供だった頃はどうだったろうか。どちらかと言えば性格的には不活発だったと思うけれど、しかし閉じこもって読むべき本がなかった。唯一の楽しみは母方の実家から送ってもらっていた新刊の「少年クラブ」であり、それを読んでしまうと何も読むものがなかった。仕方がないから炎天下、手製の釣り竿と餌のミミズを入れた缶カラとをぶら下げて、あまり意欲の無い魚釣りをよくやったものだ。退屈だった。早く新学期にならないかと、夏休みのはじまった頃から思いつづけてたっけ。『新歳時記・夏』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)




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