駒場寮問題について思うこと

駒場寮廃寮反対運動の過程で



 以下の文章は、駒場寮反対運動を側面から支援しつつ、そのときどきに感じたことを書いたものです。

10月1日、駒場寮生44名ほかが、駒場寮明渡しを求める国から訴えられました。今までの仮処分執行請求とは異なり、今度のはいわゆる本裁判です。老朽化して“いない”駒場寮を壊して、東大が勝手に欲しがっているもの(未だに何を作るつもりなのか曖昧模糊としておりますが)を作ることも税金のムダなら、寮生との話し合いをあっさり放棄して裁判に訴えることも税金のムダ。東大のわがままは許せません。納税者を何だと思っているわけ? 折りしも、10月4日に開講される今年の東大公開講座は、創立120周年を記念して「東京大学」がテーマなのだそうです。実に破廉恥だ。何のために東大闘争があり、反百年闘争(こっちはあまり知られていませんが)があったのか? 東大に残るわずかな自浄能力は、寮生だけです。寮生に闘う力を、激励を!(1997/10/3)

8月7日に北寮、中寮に再び突然の占有移転禁止仮処分執行。土足でベッドに上がり込む執行官さえいたという。当局はなぜこうも一貫して話し合う気がないのだろうか?(1997/8/8)

詳細は不明ですが、本日、北寮裏の入口と寮風呂が破壊されているということです。寮入口の屋根には寮生が座り込んでいるにも関わらず、その下を重機で破壊しており、それを教官が見ているとのこと。殺人行為をぼんやり見ている教官どもには、人間としての感性がないのか? この暴挙は、絶対に許されないし、許してはならない。この画像を見られよ(1997/6/28)詳報が入りました。ここをクリックしてください(1997/7/1)

6月7日に寮で予定されていた上々颱風のライブについて、東大教養学部当局は、学部長名でこのライブが「建造物侵入」にあたると警告しているそうです。呆れて物が言えないというのはこのこと。寮を潰して何をしたいのかがよーくわかりました(6/9追記: 無事、開催されたとのことです。困難を克服して開催にこぎつけた上々颱風とスタッフの方々に敬意を表したいと思います)。(97/6/5)

4月10日に再度の明渡仮執行が行われました。そもそも、本格的な裁判をしなくても、住人を追い出してしまえるというのがおかしな話です。キャンパスプラザとやらを作ることが、どうして“緊急”のことなのか? いろは 7号掲載の明渡仮執行の裁判資料を見ていただければわかるように、国と東大がやっていることはすべてデタラメです。寮生に熱い支援を!(97/4/14)

3月29日、駒場寮3棟のうち、25日の東京地裁による明渡仮処分決定の対象となっていた明寮に対する強制執行が行われました。事前連絡も行わず、居住者の寝込みを襲うような形で寮生と荷物を叩き出すというもので、毎度のことながら、学部側の人を人と思わぬやり口には怒りを覚えます。しかし、債務者として認定されていない寮生が明寮に居住していることが判明し、彼らを強制退去させることは当然ながらできませんでした。これは、9月の占有移転禁止仮処分がいかに杜撰なものだったかを示すものです。このことといい、明渡仮処分申請から北、中寮を外さざるを得なかったことといい、国・学部側の論理の破産は、隠しようのないものになりつつあります。そのような中で、学生・寮生たちは、世論の支持を訴えてあくまでも正々堂々と闘うことを宣言しています。学生・寮生の闘いに熱い支援を!(97/3/30)

“国”の名前で何をしようというのか?

一部でも報道されているように、9月10日に国の申請を受けた東京地裁の執行官が寮にやってきて、占有移転禁止の仮処分なるものを行っていきました。これは、建物の明け渡しを求める訴訟の前の手続きだそうです。東京大学は国立大学なので、東京大学自体ではなく、国が原告となって、学生を訴えるということらしい。国が原告であるということは、あなたや私といった納税者が原告であるということですね。寮生がどいてくれないから、我々納税者が腸の煮えくりかえるような思いで納めた税金を正しく使えないということなんでしょう。

 で、何のために寮を壊し、何のために税金を投入しようとしているのか。学部は、CCCL計画なるものを公開しています(http://www.c.u-tokyo.ac.jp/CCCL/)。相変わらず授業の合間にプールなどと言っていますが、この地図を見てください。現在、寮は北から明寮、北寮、中寮と3棟あり、地図の左端の道路から交流施設棟II(左側)までのあたりが明寮(明寮だけは少し短い)、購買部と書いてあるあたりのスポーツ施設の右端までが北寮、プールと書いてある通路の南側が中寮、ついでに美術館と書かれているあたりが今は研究棟となっている(17年前にはもうそうなっていた)元南寮です。留学生センターと書かれている“留”の字の左側の道が現在の北寮、中寮の東端で、明寮の東端はそれよりも少し西側ということです。劇場と書かれているところは、以前寮食堂だったところですが、現在は駒場寮廃寮政策のおかげで食堂ではなくなり、何かのときにたまに使われるがらんどうのスペースになっています。その北側の通路のあたりに遊眠社などが活動していた駒場小劇場があり、これは現在も芝居小屋として使われているはずです。

 奇妙なのは、ここに書かれている食堂、購買部、美術館といったものはすでにあるということです。M.デュシャンの大ガラスのレプリカは、私が在学していた頃に完成して、この地図の外の南西の位置にある図書館の建物に置かれていたはずです。購買部は、この地図の購買部と書かれているところと道を隔てた反対側、食堂は、潰された寮食堂のほかに、現購買部の北側(交流施設棟の向かい側)に生協のものがあります。図の北側の2つの四角形は、既存の体育館です。今ないものと言えば、不動産屋のちらしのようなパンフレットのページを見てもよくわからない交流棟、多目的ホールと、“スポーツ施設”と書かれている下のがらんどうの空き地ですが、緑は今の方が断然多い(太い通路が緑を消費しているわけです)。食堂については、91年頃に、学部側が教職員食堂を建てたいと言って寮生の反発を食らって引っ込めたという経緯があるので、ひょっとするとそういうものが新しく建てられるのかもしれません。

 以上をまとめると、CCCLは、寮を潰すだけ、または寮を潰して教職員食堂を建てるだけと言うことができるでしょう。しかも、寮は老朽化などしていません。確かににぎやかな落書きはあるし、汚れてはいますが、建物自体はしっかりしていますし、寮生の依頼を受けた建築士も、50年は大丈夫と保証しています。使えるものを潰し、無駄なものを建てるために、税金を浪費する、そのために寮生を叩き出す、そんなことが許されてよいものでしょうか?

 国は不当な裁判にがんがん税金をつぎ込むことができますが、寮生にはそのような金はありません。今こそカンパを集中していただきたい。くどいようですが改めてお願いします。(96/9/13)

当局文書を嘲笑え

駒場当局が学生の皆さんへ4なる文書を出していますが、思想的にまったく進歩のない内容で開いた口がふさがりません。駒場寮を廃寮にできなければ何が困るかというと、予算が来ない、キャンパスプラザが潰れるの繰り返しです。国民に対する責任などと言っていますが、先の住専処理策に端的に現れたように、国民には予算をどうすることもできないのですよ。予算をくれるのは文部省でしょう? 文部省に対して卑屈なだけではないですか。この欲ボケ当局が教え子たちの住まいからは電気・ガスを奪ったまま放置している。学外者を初めとする国民はそのことに怒っているということがどうしてわからないのか!。

思想的な無内容とは裏腹に、今回の当局文書は、学生自治の根幹を揺るがすとてつもなく危険なことを言っています。施設の管理責任が当局にあるのは当然です。しかし、だからといって、当局が自分の都合で寮から学生を追い出すようなことが許されてよいのでしょうか? たとえば、市町村が管理する公民館のような施設で、市町村の政策を批判する集会には会場を貸さないよというようなことをすれば大問題になります。まして、寮の問題は生存権に関わる問題です。学生には、自分の生活を守る権利がありますし、大学に対して発言する権利があります。学生自治とはまさにそのことではありませんか。なのに、当局は、たとえ全学投票で廃寮反対が決議されても、聞く耳を持たないなどと言っているのです。学生自治なんぞ無視してやると言っているようなものではありませんか。このような文書の垂れ流しを許していたら、学生は何も言えなくなってしまいます。この当局でさえ、2年前は「『もしこの計画に対し、学生諸君の間から強い反対が上がるならば、学部は計画のごり押しをするつもりはなく、学生諸君に受け入れられなかったものとして計画を中止することもありうる』ことを繰り返し明言してきた/(学部は)話合いの結果をできる限り全体計画の中に取り入れる努力を重ねてきたつもりであり、今後もその方針に変わりはない。」という文書を出していました(三鷹国際学生宿舎特別委員会からの回答/第132期駒場寮委員会からの公開質問状に応えて)。この時点ですでに三鷹宿舎は完成していたのです。無責任とは、こういう一貫性のなさに対して言うべき言葉ではないでしょうか?

ところで、この「学生の皆さんへ4」が5月22日という日付を持っていることに注目してください。5月20日から24日にかけて、この駒場寮問題をめぐって、まさに全学投票が行われていたのです。当局は、その期間中に全学投票の結果を無視するという文書を流していたわけです。よほど、全学投票が恐かったのでしょう。全学投票に対する悪質な投票妨害であることは言うまでもありませんが、それ以前にコッケイですね。こんなに気が小さくて、時の権力と闘うことができるんでしょうかね。文部省への卑屈な態度、学生への高圧的な態度、ビビったときの論理のすり替え。こんな当局を相手に、それでも手続きを踏んで話をしようと努力している寮生、学生が気の毒です。

上記トッキーさんの当局文書コレクションを見ていたら、駒場寮生を移すために三鷹国際学生宿舎から宿舎生を追い出したというコメントがあって驚愕しました(学内広報No.1057。96/4/15))。駒場には寮自治がある三鷹には寮自治がない寮自治がないのは恐い。(96/5/13)

教養学部当局は、5月1日付けで学生の皆さんへなる文書を教室にばらまいたそうです。学外者である私はその風景を見たわけではありませんが、文書自体は読みました。興味のある方は是非読んでいただきたいのですが、これは欲ボケ当局が欲ボケ学生の決起を促した下品な文書と要約することができるでしょう。学外者を排除してCCCL計画なるものに賛成しないと、疲れた頭を水泳で冷やすことはできないよと言っているわけです。しかし、学外者の排除を前提とした温水プールとはいったい何でしょうか? 東大関係者だけの特権です。当局文書はその特権擁護を呼びかけているわけです。
 社会には、このクソ高い税金東大のバカどもの温水プールのために使うことを拒否する権利があります。そもそも、当局文書が学外者差別的に呼んでいる人々は、駒場寮の問題を全国の学寮全体の問題としてとらえ、駒場寮の危機に際して自らの学業を投げ打って駆けつけた他大学の学生たちのことです。昨年の震災に際して阪神地区に駆けつけたボランティアと同じく賞賛されても非難されるべき人々ではありません。それに、自治寮である駒場寮には、学外者を含めたあらゆる人々を受け入れる仮宿制度というものもあります。駒場寮を破壊することは、東大に残されたわずかな社会への窓口をふさぐことであり、CCCL計画なるものを推進することは、東大の特権を強化することなのです。
 一部報道では、駒場寮を守りたいというのは学生のエゴに過ぎないといったデマが飛ばされているそうですが、トイレはもともと共同で、風呂を潰され、食堂を潰され、電気、ガスも止められ、頭を冷やすためのプールさえない駒場寮のどこが特権だというのでしょうか? あえて言えば、「青春の特権」かもしれませんが、これはジジイどもが若いやつをだますために使う言葉であって、温水プールで頭を冷やす特権とは、はっきり異なります。駒場寮は、生存権と教育の機会均等を辛うじて確保するための砦です。寮生支援を重ねてお願いする次第です。(96/5/7)

その後、当局は圧倒的な非難を前にして手を出せずにいましたが、5月10日までに寮を破壊した実績を残さないと跡地利用の予算が流れるからと称して、4月24日に寮の破壊を再開しました。同日、駒場寮廃止問題は衆院文教委員会でも取り上げられましたが、文部省雨宮忠高等教育局長は、電気ガス問題については答えることができず、廃寮は東大の決定と逃げを打ったそうです(4/24衆院文教委員会)。東大は文部省を言い訳にし、文部省は東大を言い訳にする。そして、寮生を殺すような真似をする。卑怯じゃねぇか。しかし、5月10日云々という話が出てきたということは、それまで闘い抜けば展望が開けるということでもあります。学生たちは、寮の破壊に対して身を挺して闘っています。ご支援をお願いします。(96/4/25)

ばたばたしていて8日の朝日夕刊を昨日やっと読んだのですが、あまりのひどさに絶句しました。「駒場寮の取り壊し始まる」という見出しは、まるで寮を壊すことが最初から決まっていたような物言いではありませんか。それだけでなく、記事全体が、かつてはさまざまな思い出のあった場所ですが、時代の波には逆らえず、取り壊しが始まりましたというニュアンスにしか読めないものでした。なぜ、人が住んでいるところの電気を止め、建物を破壊するようなことが大学の名で行われるのかという矛盾を掘り下げなければ、マスコミの価値などありません
 上記リンクを見ていただければおわかりいただけるように、教養学部当局は一貫して話し合いのアリバイだけを作りつつ、実際には常に学生の問いかけに答えられず、話し合いの場から逃亡してきただけで、寮生を始めとする学生の声を聞こうとはしてきませんでした。寮の破壊は当局が勝手に打ち出して勝手に突っ走った結果行われた暴挙であって、決して許されるべきことではありません。朝日以外のマスコミがどのような報道をしたかは私にはわかりませんが、たまたまここを覗いてくださった方には、東大教養学部がいかにひどいことをしているかということをご理解いただきたいと思います。たかが東大の学内の小競り合いじゃないかと思われるかもしれませんが、硬直した官僚主義が道理を引っ込めて無理を通そうとしているという点では、住専、薬害エイズ、沖縄米軍基地問題などとすべて根は共通していると思います。あなたは自分の学生を殺そうとしている教師を許すことができますか?(1996/4/11)


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