2016N45句(前日までの二句を含む)

April 0542016

 一本は転校生の桜かな

                           柏柳明子

島桜と江戸彼岸の交配によって生まれた染井吉野。接ぎ木で増やされ、現在では日本の桜の8割といわれるほど全国に浸透した。校庭にも必ず咲く桜もほとんどは染井吉野であるが、そこに一本だけ異なる種に目がとまる。接ぎ木という同じ性質を持つ染井吉野は同じ色合いで一斉に咲き、一斉に散る。そんな染井吉野に圧倒されるように、一本だけほんの少し濃く、あるいは薄く、時期が違えて咲く桜の心細さを転校生に見立てたのだ。成長が早く十年ほどで美しい樹形となり、葉が出る前に大輪の花が咲き揃いたいへん華やか、そして手入れが簡単で育てやすいこともあり、戦後競って各所で植樹された。しかし、同種での密集は年齢を重ねるほどに樹勢を衰えさせる。排他とは仲間以外を退けることを意味するが、集団は異物によってまたリフレッシュされるもの事実である。春は親の仕事の関係で転校生も増える季節。不安と緊張を乗り越え、がんばれ、転校生。〈花吹雪時計止まつてをりにけり〉〈サイフォンの水まるく沸く花の昼〉『揮発』(2015)所収。(土肥あき子)


April 0342016

 バケツなれば凹みもありし四月馬鹿

                           辻 征夫

つて、バケツはブリキ製でした。教室の隅に汚れたぞうきんとともに置かれていて、一応、掃除の時はぞうきんを絞ったり汚水を運んだりしていましたが、その存在は誰にも顧みられずにひっそりと佇むばかりです。時に、やんちゃ坊主はそれを叩いたり蹴飛ばしたので、学年度末のバケツは凹んだり歪んだりしていました。教室内の備品のヒエラルキーを考えてみても、教卓や黒板、チョーク入れ、定規などは生徒からみて正面に据えられた上部構造に位置するのに対して、掃除道具一式は下部構造といってよく、ブリキのバケツに関しては、小中高の12年間にわたって使用していたにもかかわらず、それを大切に扱いましょうという気持ちをもったことはありません。むしろ、教室内の備品の中でも、バケツはぞうきんと並んで最も蔑まれた存在でした。では、バケツ全般が軽蔑の対象になるのかというとそれは違います。かつて、北海道の冬の教室は、石炭ストーブで暖をとっていましたが、その煙突の下には、真っ赤なペンキを塗られた防火用バケツが水をたっぷりと溜めていて、ある種、厳かな存在感を発揮していました。悪ガキどもも、これを蹴飛ばしてはバチが当たると本能的に察知していました。一方で、ブリキのバケツは相変わらず日々の汚れを受け入れて、色も匂いもドブネズミみたいです。もし、辻さんが自嘲の句として、自分を四月馬鹿のバケツだと思っていたのなら、ブルーハーツのリンダリンダリンダみたいにその心は美しい。『貨物船句集』(2001)所収。(小笠原高志)


April 0242016

 囀や只切株の海とのみ

                           佐藤念腹

ろぼろだった昭和八年発行の『俳諧歳時記』〈改造社〉が修復されて戻ってきた。個人の修復家にお願いしたのだが、表紙から中身の一枚一枚まで色合いや手触りを残しつつすっかりきれいになり、高度な技術にあらためて感服した。その春の部にあった掲出句の作者、佐藤念腹は〈雷や四方の樹海の子雷〉の句で知られ、移住したブラジルで俳句創世記を支えたと言われている。雷の句のスケールの大きさと写生の力にも感服するが掲出句もまた、どこまでも続く開拓地の伐採跡を見渡す作者に、広々とした空から降ってくる囀りが大きい景を生んでいる。囀りは明るいが、目の前の広大な景色が作者の心にかすかな影を落としているようにも感じられ、簡単に言えない何かが十七音には滲むのだとあらためて思う。(今井肖子)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます