昔から文化の日(明治節)には晴天が多い。不思議です。(哲




2015ソスN11ソスソス3ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

November 03112015

 ロボットの脚は空洞木の実落つ

                           椎野順子

付から介護支援など、近い将来の期待を一身に背負うロボット。なぜ人型である必要があるのかと疑問だったが、生活空間が人間のために設計されているため、ノブを回す、スイッチを入れるなど、人間のかたちを取るのがもっとも効率的なのだと聞いて納得した。人間に近づく滑らかな動きは、束ねられたケーブルの働きによるものだが、それを包む表面との間は空洞である。掲句はロボットが血や肉を持たない物体であることをさらりと述べている。降り注ぐ木の実が、なぜか実りの充実ではなく、満れば欠くる道理を思わせ、胸騒ぎを覚える。集中には〈信条はいつでも麦酒どこでもビール〉大いに同感(^^)『間夜』(2015)所収。(土肥あき子)


November 02112015

 良寛堂ひとりやだれの杉鉄砲

                           松田ひろむ

はや「杉鉄砲」は死語かもしれない。私が子供だったころには、ごく普通のありふれた遊び道具だった。こんなふうに昔の遊具もどんどん姿を消してゆく。どんな道具だったかを知らない人に説明するのは、結構難しい。「良寛堂」は、生家橘屋の屋敷跡(に良寛の遺徳を顕彰し良寛を偲ぶために、郷土史家、佐藤耐雪が発案し、安田靭彦が設計して、大正年間に建立された。新潟県のこの地を、一度だけ訪れたことがあるる。良寛さんといえば子供たちとの交流が有名で、私の子供のころには教科書にも載っていた。杉鉄砲がそんな良寛堂に転がっていたのだろう。作者は森閑とした良寛堂の上がりがまちに腰掛けて、じいっと杉鉄砲を見つめている。遠く子供らと遊ぶ良寛像を思い見るうちに、みずからの子供時代に思いが及び、しばし往時を懐かしんでいるというところか。そして、いつの間にか良寛は消え、子供たちも消えて、良寛堂を後にしている。良寛の昔から、子供らの遊びは創意工夫に満ちていた。『現代俳句歳時記・秋』(2004・学習研究社)所載。(清水哲男)


November 01112015

 うぐいす張り刀引き寄す夜寒かな

                           西川悦見

円寺北口2分の所に、居酒屋「赤ちゃん」があります。現在の店主、赤川徹氏の尊父が歌人だった縁で、周辺に住む文人墨客が集った酒場で、店名は、井伏鱒二の命名です。映画・演劇・文学を好む客が多く、その流れで最近は、店で定期的に句会を開いていて、誰もが自由気ままに参加しています。また、店主が将棋好きとあって、腕自慢の酔客とカウンター越しに指すこともしばしばで、時折プロ棋士も立ち寄ります。先夜、久しぶりに将棋を指しに行ったところ、「第十八回赤ちゃん句会」の作品一覧三十余句を見せられて、「これは訳がわかんない」と断言したのが掲句です。他に「秘めごとの牛車を止める良夜かな」があって、これは蕪村の平安調の作りみたいだね、なんてしたり顔で喋っていたところ、掲句の作者が店に現れ私の横に座り、焼酎割りを呑み始めました。「西川さん、秘めごとの句は蕪村調で面白いけれど、うぐいす張りはチンプンカンプンだよ」。すると、「うぐいす張り」は、廊下を歩くと音が出る仕掛けのことで、武家屋敷の忍者除けであることを教えてくれました。そういえばそうだった、なるほど!これで俄然、寒夜の緊迫感が伝わってきました。「張る・引く・寄す」は、緊張つながりの縁語と言ってもよいのでしょう。西川氏は、蕪村の「宿かせと刀投げ出す吹雪哉」の歌舞伎的な作りが好きで、換骨奪胎の句を作ってみたかったといいます。蕪村の句は大音声の荒事で、西川氏の句は「引き寄す」動作が機敏で静かな侍のリアリズムです。これは、蕪村もほめてくれるでしょう。他に、「原発も紅葉もつぶしゴジラ征く」。この夜、西川氏の俳号が不損(ふそん)と決まりました。(小笠原高志)




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