「余白句会」だが、雨の道は転倒がこわいので、欠席。(哲




2015ソスN10ソスソス17ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

October 17102015

 秋刀魚焼くどこか淋しき夜なりけり

                           岡安仁義

漁続きや価格高騰と言われながらも、このところまあまあの大きさと値段の秋刀魚が近所の魚屋に出始めてうれしい。七輪で炭火焼は残念ながらできないのだが、この句の秋刀魚は庭に置かれた七輪の上でこんがり焼かれている。縁側に腰かけて、あるいは庭の中ほどで膝をかかえて、姿の良い秋刀魚をじっと見つめながら焼いている作者。目を上げると茜色だった空は暗くなっており虫の声も聞こえ始めている。秋刀魚が焼き上がればいつもと変わらない食卓が待っていてことさら淋しさを感じる理由もないのだがどこか淋しい。美しい魚が焼かれてゆくのを見ていたからなのか、肌寒さを感じてふと心もとなくなったのか、いずれにしても深秋の夜ならではの心情だろう。『俳句歳時記 秋』(2007・角川学芸出版)所載。(今井肖子)


October 16102015

 鵙日和医師も患者も老いにけり

                           滝本香世

は仁術なりと聞いたが人間の信頼関係が凝縮されている。患者から見れば吾が命を託す神様みたいなものである。そう信頼されると医師もまた誠を尽そうと本気を出して事に当たる。場合によっては自分のプライドを捨てて他の専門医をあれやこれと紹介したりもする。こうして二人の付き合いも永くなって診察合間の談話も親しいものとなってゆく。他愛も無いやりとりに医師は顔色診察をしている。鵙のつんざく様な高鳴きが聞こえた。おだやかな秋の一日、良い鵙日和ですなあと言葉を締めくくり、事も無く今日が過ぎてゆく。人は共に老いてゆく。願わくば穏やかに老いたいものである。因みに句の作者も連れ合い様共々に医師と聞いている。<看護師に子の迎へあり春休み><日向ぼこり女盛りの過ぎにけり><天国に予約をふたり小鳥来る>など収容あり。『待合室』(2015)所収。(藤嶋 務)


October 15102015

 電球や柿むくときに声が出て

                           佐藤文香

学校のとき高いところにある電球を取り換えるのに失敗して床に取り落としたことがある。「あっ」と手元が滑ったとき落下してゆく電球と粉々に割れる様までスローモーションのようにはっきり見えた。それ以来電球の剥き出しの無防備さが気になって仕方なかった。背中がむずがゆくなってくるほどだ。掲載句は「電球や」ではっきり切れているのだけど、柿をむく行為と、電球のつるりと剥き出し加減が通底している。そして「声が出て」は読み手に意味付けなく手渡されているのだけど、何かしらエロチックなものを想像してしまう。俳句に色気は大事である。柿の句でこんな句は見たことがないし、この句を読むたび身体の奥が痛くなる。言葉の配列の不思議が強く印象に残る句である。『君に目があり見開かれ』(2015)所収。(三宅やよい)




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