敗戦日の東京の空。敵機も友軍機も飛んでいなかった空っぽの空。(哲




2015ソスN8ソスソス15ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

August 1582015

 手花火の小さく闇を崩しけり

                           蔵本聖子

ち上げ花火ならお腹に響くくらいに大きい単純なのが、手花火なら線香花火が好ましい、というのは勝手な私見である。もちろんよくフィナーレに使われる連発の花火も美しいし、手で持ってくるくる回したりするのも楽しくはあるのだが。いずれにしても闇あってこその花火、この句の花火は線香花火だろう。小さく闇を崩す、と感じさせるのは牡丹が終わって大きい火の玉ができて、すこし沈黙した後の松葉が始まるあたりか。あの独特の音と細かく繊細な火花は、一瞬そこにある闇とぶつかってその闇を崩したかと思ううちに、すぐ弱まり雫になって燃えおちる。そんな線香花火とその後ろにある大きな闇を、少し離れたところから見ている作者なのだろう。『手』(2015)所収。(今井肖子)


August 1482015

 飯盒の蓋に鳥の餌終戦日

                           望月紫晃

盒(はんごう)は、キャンプ・登山など野外における調理に使用する携帯用調理器具・ 食器である。平和な日本の今では趣味のキャンプ等に登場するが、臨戦態勢の戦時中では水筒とともに命を繋ぐ欠かせない容器であった。南方戦線を渡り歩いた私の父はさして威力も無い銃と飯盒一つを携えて投降したと言う。その時、一瞬一瞬に怯える命から開放された。命あることの喜びに包まれて、作者は今飯盒の蓋で鳥に餌をやっている。小鳥よ楽しく囀れよ、もう戦争は懲り懲りだ。明日は八月十五日。他に森功氏の<小さな駅で一人の兵士が泣いていた>、若月恵子氏の<今日よりは帯解く眠り蚊帳青し>、八住利一氏の<なげ出した三八銃に赤とんぼ>など戦争の1,000句が所載されている。『十七文字の禁じられた想い(塩田丸男編)』(1995)所載。(藤嶋 務)


August 1382015

 曇天や遠泳の首一列に

                           曾根 毅

泳と言えば平泳ぎ、波に浮き沈みする頭が沖へ沖へと連なっているのだろう。私が若い頃赴任した山口県秋穂の中学校では遠泳大会があり、湾を囲むように突き出た岬から岬へ1年から3年まで全員が泳いだ。もちろん先生が舟に乗って監視をしながらではあるが。都会育ちで金槌の私は役立たずということで砂浜に座って沖へ連なる頭を見ているしかなかった。ここでは「首一列に」という表現に胴体から切り離された打ち首が並んでいる様子を想像せざるを得ない。空は夏の明るさはなくどんよりと曇っている。その色を映して海も灰色で夏の明るさはないだろう。夏の眩しさと対照的に日本の夏は原爆と敗戦と同時に加害者としての戦争の記憶を拭い去ることは出来ないだろう。一列に続く遠泳の首のイメージはその暗さを象徴しているように思える。『花修』(2015)所収。(三宅やよい)




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