2015N716句(前日までの二句を含む)

July 1672015

 空はまだ薄目を開けて蚊喰鳥

                           村上鞆彦

の夕暮れは長い。日差しが傾き、炎熱に抑えられていた風が心地よく吹き始め、戸外で夕涼みをするには一番の時間帯だ。夕焼雲と藍色がかった空がグラデーションを描く。暗くなりそうでならない、薄明の暮時でもある。その様子を「空はまだ薄目を開けて」と言い取ったところが魅力的だ。蚊喰鳥、こうもりが飛び始めるのもそんな時間帯。「薄目」はほとんど見えているかどうかわからないこうもりの目の表情も連想させる。この頃めっきりこうもりを見なくなったと思っていたが、先月琵琶湖畔に盛んに飛び回っているのを見た。かはほりは「川守」に通じるというので、水辺に多いのだろうか。飛び交う蝙蝠と暮れていく夏の宵を存分に楽しんだ、そのことが掲句を読んで鮮やかに蘇った。『遅日の岸』(2015)所収。(三宅やよい)


July 1572015

 雲の峯見る見る雲を吐かんとす

                           寺田寅彦

空にぐんぐん盛りあがってゆく雲の峯は、まさに「見る見る」その姿を変えてしまう。まるで生きもののようである。見ていて飽きることがない。ダイナミックに刻々と姿を変えてゆくさまは、「雲を吐」くように見えたり、噴きあげるように見えたり、動物など生きものの姿にそっくりに見えたりして、見飽きることがない。雲が雲を吐くととらえた、そのときの様子が目に見えるようである。何年か前、わが家の愛犬が死んで遺骨にしての帰路、春の空前方に浮かんだ雲が、走る愛犬の姿そっくりに見えて感激したことがあった。寅彦は俳句を漱石に熱心に師事したけれども、句集は出していない。俳号は寅日子。しかし、「俳句の本質的概論」や「俳句の精神」「俳諧瑣談」の他、俳句に関する論文はさすがにいくつかある。他に「涼しさの心太とや凝りけらし」「曼珠沙華二三本馬頭観世音」などの句がある。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)


July 1472015

 扇風機うしろ寂しき形して

                           伊藤庄平

本に初めて輸入された電気扇風機は1893(明治26)年。スイッチひとつで風が送られる装置は蒸し暑い夏にどれほどありがたかったことだろう。クーラーに圧倒されながらも、現代でも羽根のないタイプなど新機種が登場する。しかし、掲句で描かれる扇風機は新型とはほど遠い昔ながらの扇風機だ。しかも、おしゃべりになった今どきの家電は、お風呂は「沸きました」と知らせ、電話は「着信一件です」と報告するなかで、扇風機は今も昔もひたすら寡黙を通している。風を送り続けるということが「作業」というより「労働」を感じさせるからだろうか。振り続ける首筋にそこはかとない哀愁が漂う。〈入日より取り出すやうに林檎捥ぐ〉〈母子草その名を知りてより折らず〉『初蝶』(2015)所収。(土肥あき子)




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