May 232015
緑蔭に赤子一粒おかれたり
沢木欣一
この句の話をちょっとしてみたら、え、一粒ってドロップじゃあるまいし、という人あり、いやでも一粒種って言うじゃないですか、という人あり、それはちょっと違う気も。しかしやはり、一粒、が印象的な句なのだろう。一読した時は確かに、赤子一粒、という思い切った表現が緑蔭の心地よさと赤ん坊のかわいらしさを際立たせていると感じたが、何度か読み下すと、たり、が上手いなと思えてくる。おかれあり、だと目の前にいる感じで、一粒、と表現するには赤ん坊の像がはっきりしすぎるだろう。おかれたり、としたことで景色が広がり、大きい緑陰の涼しさが強調される。『沢木欣一 自選三百句』(1991)所収。(今井肖子)
May 222015
雀のあたたかさを握るはなしてやる
尾崎放哉
何かの拍子で雀が地に落ちて人の手に拾われる事がある。孤独の境地に生きる放哉も雀のを拾ってしまう。そして手のひらに温め愛しんだ。親鳥がどこか近くで鳴き騒いでいる。生き延びるには彼らの元へ送りかえさねばならぬ。名残惜しいがそっと放してあげた。お帰り、君の世界へ。人家近くに暮す雀は繁殖期になると屋根の瓦の隙間、壁の穴などに巣を作る。子が生まれ餌運びに親鳥が忙しく巣を出入りする。孵化した雛は最初は眼も開かず羽も生えていないが、15日ほどでもう巣立ってゆく。順調にゆくものもあれば落伍するものもあり、人間と同じである。他に<わが顔ぶらさげてあやまりにゆく><たまらなく笑ひこける声若い声よ><風に吹きとばされた紙が白くて一枚>などが身に沁みた。村上譲編『尾崎放哉全句集』(2008)所載。(藤嶋 務)
May 212015
シャツ干して五月は若い崖の艶
能村登四郎
金子兜太のよく知られた句に「果樹園がシャツ一枚の俺の孤島」がある。揚句の「シャツ」もそうだけど、今の模様入りのカラフルなシャツではなく、薄い綿のランニングといった下着のシャツだろう。張り切った肉体の厚みをはっきりと浮き立たせるシャツは若い男性の色気を感じさせる。爽やかな風にたなびくシャツ、「若い」は五月と崖の艶、双方を形容するのだろう。なまなましい岩肌を露出させた崖の艶はシャツの持ち主である若者の張りきった肌をほうふつとさせる。若葉の萌え出る五月、美しく花の咲き乱れる五月はやはり生命感あふれる若者のものなのだろう。『能村登四郎句集 定本枯野の沖』(1996)所収。(三宅やよい)
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