川内原発再稼働に周辺自治体が反発。リスクだけを負わされては。(哲




2014ソスN11ソスソス8ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

November 08112014

 帰り花顔冷ゆるまでおもひごと

                           岸田稚魚

だ帰り花といえば桜、この句の帰り花もそうだろう。何かをずっと考えながら、ゆっくり歩いているのかベンチに座っているのか。ふと空を見上げたその視線の先に帰り花が光っていたのだ。その瞬間の小さな驚きと、口元が少しほころんでしまうくらいの喜びに、現実に引き戻された作者はのびの一つでもして大きく深呼吸をしたことだろう。おもひごと、という表現はそれほど深刻な悩みという感じではなく、唯一むきだしの顔は気づけば冷えきってしまっているけれど寒くてつらいというわけでもなく、作者のなんとなく微笑んだ顔が浮かんでくるのは、帰り花であるからこそだ。やはり帰り花は、咲いてないかなあ、と探すものではないのだとあらためて思った。『関東ふるさと大歳時記』(1991・角川書店)所載。(今井肖子)


November 07112014

 金色の鳥の絵のあり冬館

                           涼野海音

色の鳥とは何だろう。またいかなる佇まいの館なのだろう。二つの具体的提示もそれから先は読者の想像に委ねられる。まず絵のある館は冬木立に囲まれてひっそりとしている。窓の外には落葉が積って、見通しの良い木立の間を小鳥たちが飛びかっている。私の想像は勝手に巡り階段途中に飾られた立派な額縁の絵画へ向かう。映画のシーンの残影かも知れぬ。さて金色の鳥が思い着かない。黒なら鴉で決まりだが金色となると。ヒワやオウムやアマサギは黄色に映るが金色ではない。頭の中が乱反射して鴉が絶滅危惧種になる事があるや否やなどと混乱の域に入った。心が空になった次の一瞬、ふっと手塚治虫の火の鳥が羽ばたいて心に収まった。他に<木の実落つ鞄に未発表の稿><われに似ぬ弟ひとり冬林檎><引出しに星座盤あり冬籠>など。『一番線』(2014)所収。(藤嶋 務)


November 06112014

 恋人は美人だけれどブロッコリー

                           小枝恵美子

ロッコリーって年中スーパーに並んでいるけどこれからが筍の冬野菜。煮込んだシチューにブロッコリーを取り合わせると鮮やかな緑が食欲をそそる。ブロッコリーを水っぽくなく茹でるのは易しいようで難しい。メイン料理になれなくとも他を引き立てる名脇役であり、栄養価満点の存在感のある野菜と言えよう。美人な恋人がブロッコリーなのが不満なのか、それとも満足なのか?「だけれど」の接続の仕方が意味深だ。何にでも便利で美味しいブロッコリーだから、美人だけど気取ってなくて味のある彼女なのだろう。友人がこんな言葉を呟いたら「ごちそうさま」と答えるといいんだろうな、きっと。『ベイサイド』(2009)所収。(三宅やよい)




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