October 252014
秋の蚊の灯より下り来し軽さかな
高濱年尾
車の中や家の中にふと蚊が一匹紛れ込んでくることがある。今年は例の騒動で秋の蚊にはことに敏感に反応、すぐさま追い出したり叩いたりしてしまったので掲出句のように観ることもなかった。この句、大正七年作者十八歳、開成中学五年の時の作。当時余りに俳句に熱心な年尾に虚子は、中学生としての本分である勉強に専念せよ、と俳句を禁じたが名前を変えて「ホトトギス」に投句した、という逸話もあるという。そんな年尾青年が秋灯下、一匹の蚊を見つけその動きをじっと見つめ考えている様子が浮かぶ。どこか心もとなく弱々しい様から、軽さかな、という下五がごく自然に口をついて出た時、句をなした実感があったのではないか。明日十月二十六日は年尾忌。「高濱年尾の世界」(1990・梅里書房)所載。(今井肖子)
October 242014
田鴫鳴く眠れぬ夜の畦歩き
西谷 授
田鴫は冬に向かって旅鳥として渡来し、水田跡、蓮田、湿地等で捕食する。ふだん日中は草陰、稲の切株の脇にじっとしている。安全な場所では日中も餌をとるが普通は夕方頃から土の中に長いくちばしを突っ込んでミミズや昆虫をあさる。日常の諸事に患って眠れぬ夜がやってきた。胸に響くざわざわとした喧騒を静めるべく一人外へ出る。土手へ出る畦道を歩いていると恐ろしいほど淋しくなる。傍らに何に怯えたか田鴫が鳴きだした。「お前も俺とおなしだな」と作者はつぶやきつつ歩く。他に<大和路の稲架それぞれに小糠雨><居眠りの猫見張りをる大根干し><時雨るるや母の傘追ふ赤い傘>など在り。『鄙歌』(2002)所収。(藤嶋 務)
October 232014
二階へと上がってからの夜長かな
小西昭夫
めっきり夜が長くなった。夕食もすんで二階へ上がる。今まで自分もいたリビングのテレビの音や家族の声が少し場所を離れることでよその家のように聞こえる。網戸を透かして外から部屋を見たり、ビルの屋上から自分の家の屋根を眺めたりするのと似た心持ちだ。平屋ではなく上がり下がりする階段がその距離感を生むのだろう。夏だと明るい時刻なのに夜の帳は降りてきて、ひとりの時間はたっぷりある。本を手に取ったり書きものをしたり、家族から離れて自分だけの固有の時間が始まる。『小西昭夫句集』(2010)所収。(三宅やよい)
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