さてクライマックス・シーズだ。…どころじゃないか、台風だ。(哲




2014ソスN10ソスソス11ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

October 11102014

 日本は蜥蜴のかたち秋日和

                           野崎憲子

んやりとした残暑の空に澄んだ気配が感じられるようになったと思っていたら次々と台風がやってきて、雲ひとつない高い空を仰ぐことがほとんどないまま秋が深まってきてしまった。台風情報を得るために天気図を見る機会が多く、小さいながらも日本は細長いなと思っていたが、蜥蜴のかたち、とは個性的だ。多分、日向にじっとしている蜥蜴を見ているうちに、大きめの頭が北海道に、くねっとした体が本州に見えてきて、ということだろう。それでも十分自由な発想だが、もしかしたら作者は常々、日本列島って蜥蜴っぽいな、と感じていたのかもしれない。蜥蜴は夏季なので句にできそうだけれど、ただ形が似ていると言ってもつまらないし、と思っていたら、秋の日に誘われて出てきた蜥蜴に遭遇。明るさの中の瑠璃色の蜥蜴が生んだ秋日和の一句、にっぽん、という歯切れの良い音がさらに心地よい。『源』(2013)所収。(今井肖子)


October 10102014

 数ふ雁小さくちさくなりにけり

                           石川鐵男

と見上げた空を雁が渡っている。先頭に一羽が居て延々と続いている。中ほどが頭上にくるとざわざわざわざわと雄大な騒音となる。どの位の数だろうか、百羽で一固まり位の単位をいくつ数えても切がない。何と言う数の多さだろう。列の後尾を見送ると次第に点のように小さくなって悠久の空の染みとなり透明になりやがて消えゆく。雁の一族全体を一望の下に収め、ふと気を取り戻せばここにも雁と人間の一期一会の出会いと別れがあった。別れの無い出会いは無い。他に<弁慶が眼鏡で立ちし村芝居><風鈴や背にひんやりと聴診器><あだ名フグ師の名浮かばず桃の花>等々ペーソスに満ちた句がならぶ。『僕の細い道』(2006)所収。(藤嶋 務)


October 09102014

 秋澄むと子犬を膝に乗せにけり

                           山西雅子

年は秋が早いようで、9月の終わりに早くも金木犀が香りはじめ、朝夕の寒暖差に早々に長袖を引っ張り出した。例年なら10月に入ってからが秋本番というところだが今年は晩秋の寒さも時折感じられる。「秋澄む」は大陸からの冷たい大気がおりてきて空気が澄み、風景はくっきりと、人の声、虫の声もはっきりと聞こえるもっとも秋らしい季候を表す言葉。暑い頃は撫でられるのも、近寄るのも厭う飼い猫や飼い犬たちも冷たく澄み切った空気に人懐かしくなるのか膝に寄ってくるようになる。膝の上で気持ちよさそうに身体を丸めて眠りはじめた子犬も主人とともに秋の気持ちよさを楽しんでいることだろう。『沙鷗』(2009)所収。(三宅やよい)




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