あれからもう六十九年か…。以後の過酷な日々。それが日常だった。(哲




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August 1582014

 鳥が鳥追い払ひたる茂りかな

                           望月 周

語は「茂り」で夏。小鳥来る秋の前である。小鳥達にとって子育ての最中だろうか縄張りの茂りを必死で防衛中である。縄張りといえば鳥に限らず魚の鮎なども知られている。植物も群生という事があるからひょっとすると生きるものは多かれ少なかれ縄張りを持つのかも知れない。縄張りはそれを守る戦いによって実現している。生物である人間もまた国家という縄張りを持つ。平和を祈りつつも地球上に縄張りを守る紛争が絶えた試しはない。何か哀しい気もするが人はこうした哀しい性からは免れられないのだろう。それでもこの水の惑星に愛しい命を輝かせている。今日は終戦記念日。俳誌「百鳥」(2013年10月号)所載。(藤嶋 務)


August 1482014

 吾輩にやあと海水浴の客

                           田辺須野

年は漱石が『こころ』の連載を始めて100年目の記念の年だそうで、朝日新聞に再連載されている『こころ』を読むことから一日が始まる。7月19日には船団の会主催で『東京漱石百句』フォーラムが東京神楽坂で行われた。漱石にまつわる一句も同時に募集し、漱石の作品の題やエピソードを詠みこんだ句が多数披露された。掲載句も『こころ』の冒頭で主人公が先生と出会う鎌倉の海岸の場面を思い起こされる。先生が「やあ」と片手をあげて合図する姿と「吾輩は猫である」の「にやあ」が読み方によって浮上してくる。現実の場面が物語世界の言葉を織り込むことで膨らみを増す、その重層性は読み手側にも共通知識があってこそ理解される。そんな俳句世界が芭蕉の時代からあった。身近なことを題材に詠む俳句と並行して、このような試みがどんどん句集に織り込まれても面白いのではと思う。『こきくくるくれこよ』(2014)所収。(三宅やよい)


August 1382014

 茗荷食み亡き友の癖思い出す

                           辻井 喬

マのまま刻んで薬味によし、味噌汁に入れて茗荷汁よし、天ぷらでよし、酢漬けでよしーー茗荷は重宝でうれしい野趣あふれた山菜である。屋敷のあちこちや山野へ出かけ、時季になると袋一杯に茗荷を採ってあるくことが、子どものころから私は好きだった。あの茶色なつややかさ、ぽってりとした茎が薄黄色の花をつける。子どもの頃うちではたくさん採れると、蒸かして芥子醤油でたんまり食べたり、味噌漬けにしたりした。晩夏に出る秋茗荷(花茗荷)は、花が出はじめる前が食べごろ。「その花、開かざるのとき、採りて食す」(『滑稽雑談』)と言われる通りである。あの独特の風味は何とも言えずうれしい。春にのびる茗荷竹もちがったおいしさがあった。「人はなくて七癖、あって四十八癖」と言われるが、この句の場合「亡き友」には、いったいどんな癖があったのだろうか? その友はおそらく茗荷が好きだったにちがいない。喬には『故なくかなし』『命あまさず』など、俳句小説もあった。自ら俳句も少々たしなんで、平井照敏主宰の「山の上句会」に忙しい合間をぬって参加したりもした。喬は惜しまれつつ昨年「亡き」人となってしまった。彼岸で時折、五七五の指を折ったりしておいでだろうか。日野草城の句に「人知れぬ花いとなめる茗荷かな」がある。「翡翠」389号(2014)所載。(八木忠栄)




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