東京はドスンと気温が下がりそう。このところ予報に一喜一憂。(哲




2014ソスN1ソスソス27ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

January 2712014

 いちにちのをはり露けき火消し壷

                           石田郷子

語は「露(けき)」で秋の句なのだろうが、「火消し壷」が多用される時季の冬句としても差し支えないだろう。いまではすっかりアウトドア用品と化してしまった火消し壷も、昔は家庭の台所で重宝されていた。一日の終りに燃えさしの炭や薪を壺に入れて火を消し、また翌日の燃料として再利用する。消し炭は火がつきやすいので、朝の忙しい時間にはありがたかった。句の「露けき」は「いちにちのをはり」にかかっていると同時に、「火消し壷」にもかけられていると読んだ。火消し壷というと、たいていは灰だらけなのだけれど、句のそれは新品なのか洗い立てなのか、しっとりと露を含んだような鉄の色を見せて立っている。まことに気分がよろしい。火消し壷のそのようなたたずまいに目が行くということは、その日の作者の心の充実ぶりを暗示していると思われる。よき一日だったのだ。ところで我が家から火消し壷が消えたのは、いつごろのことだったか。思い出せない。「星の木」(12号・2014年1月20日刊)所載。(清水哲男)


January 2612014

 遥かなる瀬戸の海光探梅す

                           小尻みよ子

梅は、宋代の漢詩に使われて以来、連歌、俳諧に用いられるようになった晩冬の季語です。つぼみのなか、梅の開花を探しに行く、風雅な冬のお散歩です。掲句(平成11年作)は、遥か向こうに瀬戸内の穏やかな海の光を見て探梅しているので、のどかな丘陵でしょう。ところで、平成12年作に「海望む吾子の墓所や木の葉降る」があり、「瀬戸の海光」は亡き息子がつねに見続けている遥かな先であることがわかります。1987年5月3日午後8時15分、兵庫県西宮市にある朝日新聞阪神支局に侵入した目出し帽の男が散弾銃をいきなり発射、支局員だった小尻知博記者(当時29歳)が命を奪われました。「未解決今日もあきらめ明日を待つ」「知博に会いに行く道今日も過ぎ」「おもいだす地名も辛し西宮」。句集前半の84句に季語はほとんどありません。それが、平成5年作「夢叶はざりし子の忌近づく雉子の声」同6年作「来し方をゆさぶる真夜の虎落笛」と、季語を読み込むことで句に変化が現れてきます。決して忘れることのできない不条理な悲しみを、季語が共鳴しているようです。「探梅す」の掲句にいたっては、ややもすると内向きになりがちな気持ちを外に向かわせてくれている作者の心持ちをたどることができます。季語が、前向きに生きる応援をしています。なお、句集の中で特筆したいのは、加害者に対する怨みの一言もない点です。高貴な心に触れました。『絆』(2002・朝日新聞社)所収。(小笠原高志)


January 2512014

 寒鴉飛びあがりつゝ土を見る

                           渡辺白泉

地に建つ我が家の東南の塀の前が長年ゴミ集積場となっているが、中には行儀の悪い人もいるので、年中鴉と戦っている。考えてみれば鴉に罪があるわけでもなく、やれやれと言いつつ散乱したゴミを片付けるのだ。<首かしげおのれついばみ寒鴉>(西東三鬼)とあるように、餌の少ないこの時期の鴉は動きも鈍く侘しさが感じられると言われているが、都会の鴉も確かにややおとなしい。そんな真冬の鴉だが、掲出句の鴉には野生の迫力がある。今の今までじっとしていた鴉が急に大きく羽ばたくその一瞬、鴉の視線は地面に向けられている。うっかり這い出した虫かなにか、餌を見つけたのだろう。土を見る、とは言えそうで言えない表現であり、鴉にも大地にも生命が躍動する。『新日本大歳時記 冬』(1999・講談社)所載。(今井肖子)




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