気がつけば、師走も半ば。まずは年賀状を印刷しないと…。(哲




2013ソスN12ソスソス16ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

December 16122013

 寄鍋の席ひとつ欠くままにかな

                           福山悦子

年会シーズンもたけなわだ。句は、そんな会合での一コマだろう。定刻をかなり過ぎても来ない人を待っているわけにもいかず、先に始めてしまったのだが、待ち人はいつまでたっても現れない。「どうしたんだろう」と気にしながらも、鍋の中身はどんどんたいらげられてゆく。格別に珍しい情景ではなく、類句も多い。が、私くらいの年齢になると、こういう句はひどく身にしみる。いつまでも来ない人に、若いころだったら「先にみんな喰っちゃうよ、知らないよ」くらいですむところを、最近では「何かあったんじゃないか。急病かもしれない」などとその人のいない席を気にしながら、心配しつづけることになる。若い人ならば当人に携帯で連絡を取るところだが、我らの世代にはそんな洒落たツールを持ち合わせている奴は少ない。みんなで「どうしたのか、死んじゃったかも」などと埒もないことを言いながら、結局は時間が来ておひらきとなる。その間のなんとなくもやもやとした割り切れない気持ちを、思い出させる句だ。トシは取りたくないものです。『彩・円虹例句集』(2008)所載。(清水哲男)


December 15122013

 ことごとく雪に省略されし町

                           鳥居三太

の町の実景です。一つの町の実景でありながら、隣の町にもその隣の町にも「ことごとく」雪が降り積もって、町の輪郭がどんどん消されて「省略」されていきます。作者が目の前で見ていた町は、積雪とともに単純な雪景色へと抽象化されていき、現実から離れたこころもちになります。でこぼこ道も、茶色く枯れた雑草も、公園の三輪車も、屋根の三角もじょじょにその姿を雪に消され一様に白くなっていきます。同時に、雪は音を吸収し、降る雪の結晶が落下する姿に音を錯覚するほどの静寂。カンディンスキーは「デッサンの能力は省略だ」と言いました。画家は、消しゴムやパンで線と面を消しますが、地球は雪でそれをおこなう美術家です。「太郎冠者」(1995年)所収。(小笠原高志)


December 14122013

 試験憂し枯木にさがりゐる縄も

                           沢木欣一

書きに「共通一次試験、東京芸大」とある。作者は昭和四十一年、当時の文部省から東京芸術大学助教授に転任、その後教授となり、この句を引いた句集『往還』(1986)出版の翌年、同大学を定年退職されている。試験会場となっている大学構内を歩いているのだろうか。次々に受験生とすれ違いながら、試験があるからこんな思いつめたような生気のない顔になってしまうのだと思っているのか、枯木にさがりゐる縄が象徴的だ。ただ、真剣に勉強している受験生の顔はとても凛々しく美しい。大学入試センター試験までほぼ一ヶ月、講習の準備をしたり過去問の質問に答えたりしながら、今の自分の美しさを彼女等は知らないだろうなと思ったりしている。(今井肖子)




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