都議選。白票を投じに行くべきか、それとも棄権しようか。(哲




2013ソスN6ソスソス23ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

June 2362013

 梅雨雲の裂けたる空に岳赭き

                           水原秋桜子

和十四年、『蘆刈』所収。磐梯山と檜原湖を詠んだ連作の一つです。山岳雑誌『山と渓谷』に見る山岳写真のように、構図が決まった句です。作者は、梅雨雲のむこうに岳赭き(やまあかき)を置いて、遠近法の構図におさめています。同時に、不安定な梅雨の雲行きの中に、一瞬の裂け目からその赭き威容を現わにする磐梯山に出会う。それは、動中静在りの邂逅でしょう。句中に描かれている要素は、水・空気・光・土の非生命です。灰色に湿った視界の中に一瞬垣間見えた磐梯山の「赭」は、それらの要素に火山の火を加え、色彩が強調されています。また、下五を「赭し」ではなく「赭き」と体言止めにしたところも、磐梯山の「赭」は形容ではなく、土質そのものの物質性を示しているように読みます。(小笠原高志)


June 2262013

 わが足のああ堪えがたき美味われは蛸

                           金原まさ子

元の歳時記には「蛸」は載っていないが、今が旨いよ、と魚売り場のおじさんが言ったなあ、と思ったら、夏季に掲載されている歳時記もあるという。知能が高いゆえなのか、足を食べるのはストレスからだそうだが、ああもう限界、という感じなのだろうか、その瞬間の鮹の気持ちになると切ない。そう思っていたら、耐えがたき美味であるという、これはさらに切ない。その痛みに我に返りながらも、耐えがたいほど美味であったら、そう考えると抜け出せない自己矛盾に陥ってゆくだろう。もし自分自身を食べ続けてしまったら、最後は何が残るのか。子供の頃満天の星空を見上げながら、この中のいくつがリアルタイムで存在しているのか、と思った瞬間にも似たぞわぞわ感に襲われる。『カルナヴァル』(2013)所収。(今井肖子)


June 2162013

 履歴書に残す帝国酸素かな

                           摂津幸彦

なで終わるのだから、帝国で切れずに帝国酸素と一気に読むかたちだろう。履歴書が出てくるから帝国酸素は会社名という想定だろう。実際にありそうな社名だが実在したかどうかはどちらでもいい。帝国酸素という社名から作者は大戦前の命名という設定なのだ。「残す」だから過去に存在したという意味が強調される。帝国が滅びてその名が社名に残っている。そこを突くアイロニーがこの句の狙いだ。「酸素」にはそういう空気はその後もつながっているという仕掛けもあるのかもしれぬがそれは作者の想定外かもしれない。定型のリズム575をその区切りで意味を繋げないで転がして思わぬ効果を狙う。この句で言えば「かな」はただゴロの良さによって口をついて出るあまり意味のない切れ字だ。俳句という枠の中で何かを言うという作り方ではなく湧いてくる言葉の片々をパズルのように並べてみて一句の効果を計る作り方だ。『摂津幸彦選集』(2006)所収。(今井 聖)




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