六月は雨の月。てるてる坊主にお願いするような予定はなし。(哲




2013ソスN6ソスソス1ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

June 0162013

 はらわたに飼ひ殺したる目高かな

                           堀本裕樹

を建て替える前、玄関の前の大きい甕で母がしばらく目高を飼っていた。増えたり減ったりしながら飼われ続ける目高、暗い甕の中で一生を終えるのも何やら気の毒なようにも思ったが、水草にちろちろと見え隠れする大きい目はかわいらしく、見ていると楽しかった。そんな目高を丸呑みしたという掲出句、読んだ時はちょっと驚いたが、半透明な目高の腹がヒトの体内で透きとおり続けているような不思議なゆらめきが、この句を思い出すたびによみがえる。掲出句の前書きに、泳ぎが上手くなると言はれて目高を呑めり、とあり、句集のあとがきに、私の躯のなかには熊野川と紀ノ川が流れている、とある(躯は身ヘンに區)。清流を自在に動き回っている目高なら、速く泳げるようになりたくて掬って呑む、というのもなんとなくわかる気がする。『熊野曼荼羅』(2012)所収。(今井肖子)


May 3152013

 帽灯をはずすと羽抜鳥めくよ

                           野宮猛夫

道に潜るための電球付きのヘルメットが帽灯。採炭の仕事を終えて頭からヘルメットを外すと髪がぺちゃんこになっていて、まるで羽抜鳥のように見える。当時はおしゃれな男性の髪はリーゼントが全盛だったろうから、余計に髪が後ろに突っ立って鳥に似てくる。労働、社会性、党派闘争というホップステップジャンプで導いたのはみんな高学歴エリートたちだ。実社会のみならず俳句の世界でもそうだった。「進歩的」エリートたちは最後のジャンプまで行かずステップまででリベラルを気取るか「わびさび」に引き返して勲章をもらう。野宮さんの作品はそんな意図から抜けている。労働のあとの髪を羽抜鳥に喩えるところからは党派的意図や教訓的箴言には跳ばない。実感そのものである。実はこの実感そのものというのが「詩」の本質なのだと強く思う。『地吹雪』(1959)所収。(今井 聖)


May 3052013

 きすべらとべらべらきすと選り分けて

                           榎本 亨

すもぺらも瀬戸内でよく捕れる小魚。もうそろそろきす釣りは始まったろうか。夏に広島へ帰省した時には親戚一同で小舟を出して糸釣をした思い出がある。きすは銀色、ぺらは虹色の鱗を持つ小魚で天ぷらにしたり煮付けにするとおいしい。両方とも淡泊な味わいの白身魚だ。船の上で船頭さんが釣りたてのキスをさばいて船飯を作ってくれたが、その味は忘れられない。釣果を提げて家に帰ってからは大変。掲句のように「きすぺらぺと」より分けながら鱗を引いてさばいてゆく。このときばかりは、いい気になって次から次へ釣り上げていった昼間の楽しさが恨めしくなる。さばき終えた小魚を、煮て、焼いて、てんぷらにして大勢で賑わう食卓で夕飯が始まる。『おはやう』(2012)所収。(三宅やよい)




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