May 302013
きすべらとべらべらきすと選り分けて
榎本 亨
きすもぺらも瀬戸内でよく捕れる小魚。もうそろそろきす釣りは始まったろうか。夏に広島へ帰省した時には親戚一同で小舟を出して糸釣をした思い出がある。きすは銀色、ぺらは虹色の鱗を持つ小魚で天ぷらにしたり煮付けにするとおいしい。両方とも淡泊な味わいの白身魚だ。船の上で船頭さんが釣りたてのキスをさばいて船飯を作ってくれたが、その味は忘れられない。釣果を提げて家に帰ってからは大変。掲句のように「きすぺらぺと」より分けながら鱗を引いてさばいてゆく。このときばかりは、いい気になって次から次へ釣り上げていった昼間の楽しさが恨めしくなる。さばき終えた小魚を、煮て、焼いて、てんぷらにして大勢で賑わう食卓で夕飯が始まる。『おはやう』(2012)所収。(三宅やよい)
May 292013
夏柳奥に気っ風(ぷ)のいい主人(あるじ)
林家たい平
石川啄木の歌ではないけれど、今の時季の柳は葉が青々と鮮やかで目にしみるようだ。冬枯れの頃は葉が枯れ落ちてしまい、幽霊も行き場を失うような寒々しい風情。「気っ風のいい主人」とは、八百屋か魚屋あたりだろうか? まあ、どちらでもいいが、さかんに風にゆられている店先の柳の動きと呼応して、店の奥で立ち働く主人にもそれなりの勢いが感じられる。落語家の着目だから、主人は江戸っ子なのかもしれない。「奥」といういささかの距離感が、句に奥行きを与えている(ダジャレじゃないよ)。「気っ風」とか「ご気性(きしょう)」などという言葉は、若い俳人にはもはや縁遠いものだろう。句会で〈天〉をとった句だという。改めての合評会で、たい平が「えーとどなた(の句)でしたっけ」などとトボケて(?)いるのは愛嬌。たい平は「笑点」だけでなく、ラジオのパーソナリティーとしてもなかなかのもの。伸びざかりの明るい中堅真打で、こん平の弟子。高座での田中眞紀子の声帯模写に、たびたび度肝を抜かれたことがある。武蔵野美術大学造形学部出身の変わり種。他に「夏痩せの肩突き刺して滝の糸」がある。俳号は中瀞(ちゅうとろ)。『駄句たくさん』(2013)所載。(八木忠栄)
May 282013
青竹の天秤棒に枇杷あふれ
江見悦子
伐りたての青竹に下げられた籠にあふれんばかりの枇杷の色彩が美しい。枇杷の産毛がきらきらと光り輝いている様子まで目に見えるようだ。あるところに「わたしの好物」という文章を寄せるにあたり、迷いなく枇杷について書かせてもらったことがある。そこで枇杷色のことについて触れた。日本の伝統色でありながら馴染みが薄い色名であるが、そのふっくらとしたまろやかな語感にはいかにも枇杷全体が表れているようで、なんとか周知したいと願っている。掲句の夢のような景色に出会うためには中国太湖まで足を伸ばさねばならないようだが、しかし路地を枇杷売りが「びーわー」とのどかにやってくる枇杷色の夕暮れを想像させてもらっただけで幸せに胸はふくらみ、頬はゆるむ。ところで、ひとつの文章に同じ単語を繰り返さないというのは、作文の時間で習ったごく初歩的な禁忌であるが、枇杷好きが高じて今日の文章のなかには九つもの枇杷が登場してしまった。〈潮待ちの港に蝦蛄の量り売り〉〈月桃の葉に爪ほどのかたつむり〉『朴の青空』(2013)所収。(土肥あき子)
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