ドラえもんが生物でない理由は? 麻布中学入試問題だって。(哲




2013ソスN2ソスソス13ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

February 1322013

 冬川や朽ちて渡さぬ橋長し

                           寺田寅彦

境の川にかかる橋は別として、車輛が頻繁に通るような橋は、今どきは耐震性も見かけもずいぶん立派なものになってきている。ここで詠まれている橋は木橋か土橋か、いずれにせよ老朽化してしまって、人が渡ることが禁じられている橋であろう。冬であれば、人が通らない橋は一段と寒々しく眺められ、渡れないということで実際以上に長い橋のように感じられるのだ。おそらく、その川は郊外を流れているのであろう。川はいつもより水かさが増して、白々と流れているかのように想像される。だからなおさらのこと、橋の老朽化が強く印象づけられ、いっそう長いものに感じられるのであろう。寒さのなかにも、古き良き時代の風景を感じさせてくれる句である。俳人としてもよく知られている寅彦は、二十歳の頃に俳句を見てもらうために夏目漱石を訪ね、いくつかの俳句が「ホトトギス」に掲載された。漱石には「谷深み杉を流すや冬の川」がある。『俳句と地球物理』(1997)所収。(八木忠栄)


February 1222013

 鞦韆にこぼれて見ゆる胸乳かな

                           松瀬青々

こを書くとき、折々今日は何の日か確かめる。七十二候や一般的な行事以外でも、なかなか面白い発見をすることもある。そして、今日2月12日はブラジャーの日。1913年、アメリカでマリー・フェルブ・ジャコブが現在の形に近いブラを発明、特許取得。世界初のブラジャーはハンカチをリボンで結んだだけという単純なものだったという。そして下着メーカー、ワコールがこの日を制定した。女性にとっては必需品でも、男性には謎の多い蠱惑的なしろものだろう。掲句、上五「鞦韆」に「ふらここ」のルビあり。同義の「ブランコ」より大人っぽく、「しゅうせん」より軽やかだ。健康的な女性のはつらつと弾む胸は、男性ならずとも目を引きつける。ふらここの描く弧からこぼれるような胸乳を想像するとき、性的な魅力を超越した屈託のない美しさを感じる。春をつかさどるといわれる佐保姫が霞の衣をまとい、たわむれに鞦韆を漕いでいるかのように。『松苗』(1939)所収。(土肥あき子)


February 1122013

 旗立てて古りし傷撫づ建国日

                           長かずを

後の祝日風景で、もっとも変わったのは、ほとんどの家で国旗を掲げなくなったことだろう。戦前は、田舎の隅々にいたるまで、国旗掲揚は普通のことだった。最近では官庁などのお役所や、バスなどの交通機関くらいでしか見られない。この句の作者はそんな風潮に抗しているのか、あるいは昔ながらの習慣が捨てられずに、玄関脇に国旗を立てている。そして立てた国旗を見上げながら、無意識のうちにかつて受けた古傷の痕を撫でている自分に気がついた。この傷は、むろんお国のために戦った際の傷でなければならない。とはいえこの句には、建国記念の日を心から祝っているのでもなければ、そのかみの戦争を呪っているわけでもあるまい。国旗の掲揚と戦争による古傷との取り合わせは痛々しいが、作者当人はことさらに何かを訴えたいのではなく、逆にそんな時代を生きてこざるを得なかった宿命を諦観している。言うならば、この諦観はいつの時代にも私たち庶民の心情を支配してきたのであり、そのことがまた生き抜くための知恵であったことに思い当たる。哀しいかな、それが現実というものだと思う。『合本俳句歳時記・新版』(1974・角川書店)所載。(清水哲男)




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