気がつけば、三月もあと一週間。春よ来い、ばかりを言ってたな。(哲




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March 2432012

 山彦の山を降り来よ蓬餅

                           吉田鴻司

彦は、山の神であり精霊であり妖怪の一種でもあるらしい。確かに、自分の声と分かっていても誰かが答えてくれている気がする。この句の作者は、山を眺めつつ山に親しみ、山彦に、降りておいで、と呼びかけている。自分の子供の頃の山暮らしを振り返っても、春が一番思い出深い。土筆や蓬を摘み、れんげ畑で遊び、すべてが光り出す頃の記憶は、風の匂いとともに鮮明であり、蓬餅の草の香りがまたなつかしさを深くする。そんなことを思いながら読んだ句集のあとがきに「私は山に母を感じるのである」とある。山彦は母の声となって還ってくる、と語る作者だからこそ、降り来よ、がやさしく感じられるのだろう。春の山が微笑んでいる。『吉田鴻司全句集』(2011)所収。(今井肖子)


March 2332012

 雪すべてやみて宙より一二片

                           山口誓子

空を思う。昼だと日差しで雪が溶けるイメージがあるから。すべて止んだのにどうして一二片降りてくるのか。これは空から降ってくる雪ではない。完全に雪が止んだあとのしずかさの中、高みに積った粉雪が風のせいなどで自然に落ちて来るのだ。すべて止んだあと降りてくる雪、そんな難しいところをどうしてこんなに平明に詠めるのだろう。僕など同じ発想をしたらおそらく苦しまぎれに季語「風花」を用いるような気がする。風花は空から降ってくる雪だから趣旨が違うのに。そもそも止んだあとに落ちて来る雪なんて難しいところは諦めるしかないのだ。細かいことだが、一二片も最近の俳人は使えない。一、二片と書くだろう。じゅうにへんと誤読されるのが恐いからだ。読者が信頼できなくなっているということと自分と向き合うモノローグ性が弱くなって他者による理解を優先させる考え方が強くなっているからだ。だから「、」を多用したり名詞を並べるときに「・」を用いたりする。「、」も「・」も俳句の立姿を損ねる。読者を信頼するということと自分に向き合うこと。これは矛盾しない。『青女』(1950)所収。(今井 聖)


March 2232012

 面壁(めんぺき)も二十二年の彼岸かな

                           大道寺将司

者は東アジア武装戦線「狼」を結成、三菱重工本社を爆破事件の罪を問われて死刑の宣告を受けた。この句は1997年に作られているので、現在は三十七年獄中に暮らしていることになる。「面壁」とは達磨が9年壁に面して座り続け一言も発しなかったという故事に由来するのだろう。2011年2月に「赤軍派の永田洋子が六十五歳で死亡」という記事を新聞で読み、過ぎ去った一つの時代をつくづく思った。三菱重工の事件が起きたのは1974年。70年安保闘争も下火になり、学生運動が過激になっていった頃だったと思う。作者は死刑の宣告を受けて数十年以上、周囲の人との接触をいっさい断たれ自殺したくなるほど拘禁性の強い独房で過ごしているそうである。孤独な房で、自らの死刑と彼岸の死者と向き合いつつ、大道寺は俳句を作り続けている。「丈高く北と対する辛夷かな」『友へ』(2001)所収。(三宅やよい)




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