北国からちらほらと雪の便りが……。晩秋は寂しい季節。(哲




2011ソスN10ソスソス19ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

October 19102011

 信濃路や澄むとにごると椀ふたつ

                           中村真一郎

に季語はない。じつは真一郎がこの句を作ったのは、学生時代の夏の終りころだったという。そのころは信州追分村の油屋旅館で夏を過ごしていた。大学三年の晩夏、旅館近くに住む堀辰雄も佐々木基一もたまたま留守で、自分ひとりになってしまった。夕食の粗末な膳に向かうと、少々の料理に澄まし汁と味噌汁がならべて出された。ふたつの椀がことさら侘しく感じられ、室生犀星あてのハガキに添えた一句だという。季語はないけれど、今の時季に掲げてもおかしくはない。追分村のシーズンオフのひっそりした旅館で、うそ寒い膳を前にした学生の姿が見えてくる。椀がふたつ出るなんてことがあるのだろうか? 料理が粗末だからせめてもと、ふたつの椀が膳にならべられたということかもしれない。食べきれないほどたくさんの料理がならべたてられる昨今のそれとは、隔世の感がある。余計なことを詠まずに「澄むとにごる」とだけした中七に、俳句の妙味が感じられる。真一郎には親友福永武彦が突然女子大生と結婚した際に詠んだ句として「木枯しや星明り踏むふたり旅」がある。『俳句のたのしみ』(1996)所載。(八木忠栄)


October 18102011

 補陀落も奈落もあらむ虫の闇

                           根岸善雄

陀落(ふだらく)とは、観音が住むといわれるインドの南海岸にある八角形の山。この山の華樹は光明を放つとも、芳香を放つともいい、観音の浄土として崇拝されてきた。一方、奈落とは地獄である。掲句で使用されている「虫の闇」は、虫の音とともに、鳴き声を発している空間に注目している季語である。風の音や虫の音に秋のあわれを感じる寂寥の気持ちに加え、暗闇から響くものが命の限りの絶唱であることへの戦慄も含まれる。虫の声は高くなり低くなり、あるときはぴたりと止み、また堰を切ったように湧き返る。この息づく闇に、地獄と極楽を見てしまった作者も、感傷的になるより、ふと怖れを感じたのだと思う。先日、夜の上野公園を横切ったとき、耳を覆うほどの虫の声に包囲された。人間の気配にひるむことなく、近寄ればかえって力強く鳴き始めるものさえいたようだ。しかし、来週あたりには、同じ場所はただの暗闇となり、ひっそりと静まりかえっていることだろう。あれほどの声の主たちの骸はどこにも見当たらぬまま。〈星合の夜や海盤車(ひとで)らは眠れるか〉〈雪吊を解きし荒縄焚きにけり〉『光響』(2011)所収。(土肥あき子)


October 17102011

 十月の雨のぱらつく外野席

                           西原天気

球観戦だ。他の月の野球ではなくて、「十月」のそれである。つまり、ペナントレースの順位争いもおおかた決着がつき、作者はいわゆる消化試合を観ている。ゲームは盛り上がりに欠け、観客席の人もまばら。おまけに雨までがぱらぱらと降ってきた。なんともしょんぼりとした光景だが、野球ファンにとってはこの寂しさにもまた、捨て難い味がある。1975年10月、熱狂的な巨人ファンだった私は、後楽園球場で最終戦を観た。長嶋新監督率いるジャイアンツは首位の広島に30ゲーム近くも離されて、既に球団初の最下位が決まっていた。ウイークデーにして小雨のデーゲーム、観客は3000人もいなかったと思う。いっしょに行った友人と「きょう来ているのが本当の巨人ファンだよな」と言いながらも、やはりやる気の無い選手たちの試合ぶりはつまらなかった。集まった観客の期待はみな、試合後に長嶋がなんと挨拶するのかに集まっていて、試合後のグラウンドに監督コーチ以下選手たちが一列に並んだときに、その日はじめて拍手がわいたのだった。だが期待は見事に裏切られ、長嶋は一言も発せずにぺこりとお辞儀をしただけでさっさと引き揚げてしまったのである。雨の中に取り残されたファンは一瞬ぽかんとし、次には口々に怒号をあげていた。「長嶋、出て来い、何とか言え」。あれほどに空しい観戦はなかった。この句の作者は、具体的にはどんな空しさを覚えたのだろうか。『けむり』(2011)所収。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます