観光庁が11億円かけて外国人1万人を無料招待。そんな場合かよ。(哲




2011ソスN10ソスソス11ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

October 11102011

 罪なくも流されたしや佐渡の月

                           ドナルド・キーン

本文学研究の第一人者として知られるキーンさんが架け橋となり、ロンドン大英博物館で1962年に発見された説経浄瑠璃「越後國柏崎弘知法印御伝記」が300年ぶりに復活した。掲句は、繰り返し新潟へ足を運んだおりに出来たものだと、酒席でさらさらと書かれた一句である。普段俳句は作らないが、佐渡を見たときに胸に湧いた言葉は紛れもなく俳句であったという。このほど日本国籍を取得し、日本を人生最後の旅先と決めた。数年前、東京で地下鉄の駅の行き方を尋ねられたことがとても嬉しかったという。日本のなかで、外人ではなくただの人間になれた、と。年齢を重ねると顔立ちは国柄より人柄を放つようになる。東京の地下鉄で途方に暮れた女性にとって、キーンさんはひとりの優しそうな男性だったのだろう。今宵の月齢は13.7、天心に輝くのは23時。きっと日本のどこかで、ただの人間として美しい10月の月を眺めていることだろう。(土肥あき子)


October 10102011

 折りかへすマラソンに散る柳かな

                           阿波野青畝

格的なフルマラソンというよりも、市民運動会などの距離の短いマラソンのようである。ランナーは懸命に走っているのだろうが、折り返し点の柳が目に入るくらいだから、どこかのんびりとした雰囲気を漂わせたマラソンだ。早くも疲れた表情の走者たちがひとり、またひとりと、間隔を開けて折り返してゆく。次の走者が到着するまで、所在なく風景に目をやっていると、柳の葉がはらりはらりと散っているのに気がついた。いまは秋たけなわの候だが、そこに散ってゆく柳を認めると、この良い季節もまもなく去っていくんだなあという感慨が湧いてくる。深読みをしておけば、マラソンに挑むほどに元気いっぱいの人の盛りの人生も、すでに亡びの様相を兆しつつあるということか……。今日は体育の日。私の住む三鷹市でも市民運動会があるので、カメラを持ってのぞきに行こうと思っている。『花の歳時記・秋』(2004・講談社)所載。(清水哲男)


October 09102011

 秋ふかき目覚め鉄階使ふ音

                           岡本 眸

階という言い方は通常聞きませんが、鉄の階段ということなのでしょう。句を読んでいるとたまに、作者が苦労をして言葉を縮めていることがあります。あまりやり過ぎると不自然になってしまいますが、この句は素直に受け入れられます。それほど工夫をして組み込んだ「鉄の階段」は、しっかりと存在を示しています。ああずいぶん寒くなったなと目覚めた朝に、まだかなり早い時刻なのに、外の階段をあわただしく下りて行く音が聞こえてきます。アパートの外階段なのでしょうか。下りて行く人の手のひらは、握った鉄のあまりの冷たさに、身ぶるいをしていることでしょう。この句がすごいのは、たったこれだけの長さの中に奥行きのある物語をしまいこんでいることです。朝、あわただしく外階段を下りて行く人の表情も、あるいはその音を聞きながらまだ布団に入っている人の表情も、それぞれに自分のこととして感じることができるのです。『日本大歳時記 秋』(1971・講談社) 所載。(松下育男)




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