February 112011
立春の大口あけし旅鞄
後藤信雄
立春と旅のつながりはむしろ類型的。この類型感を「詩」に押し戻すのは「大口あけし」だろう。鞄というものの手触りが伝わりユーモアも感じられる。また、意外に意識されないのが一句の文字数。この句は十文字である。文字数が多いと散文的な、冗漫な印象につながり、少ないと句が凝固して締まった印象になる。十文字は後者。『冬木町』(2010)所収。(今井 聖)
February 102011
鳥籠に青き菜をたし春の風邪
大木あまり
春先にひく風邪は治りにくい。インフルエンザのように高熱が出たり、ふしぶしが痛むというわけではないが、はっきりしないけだるさがぐずぐずと長引く。そんな状態が不安定な春の雰囲気に響き合うのか、春の風邪に余り深刻さはなく「風邪ひいちゃって」とハスキーな声でうつむく女性など想像するだけで色っぽい。ぼんやりした「春の風邪」が鳥籠に差し入れる若菜のみずみずしさと鳥籠の明るさを際立たせる。「菜の花の色であるべし風邪の神」という句も同句集に収録されており、作者の描く春の風邪は忌むべき病ではなく、ぽっと身体の内側に灯がともるような優しさすら感じられる。『星涼』(2010)所収。(三宅やよい)
February 092011
咳こんでいいたいことのあふれけり
成田三樹夫
ニヒルな個性派で、悪役スターとして人気を呼んだ三樹夫は一九九〇年に亡くなったけれど、私などにとっては今もなお忘れられない役者だ。それほど強烈な存在感があった。彼は意外や俳句を四百句も残したという。寡黙な悪役という印象が強いけれども、そういう男がクールな表情で、咳こんでいるという図は屈折している。無駄言を吐かない寡黙な人が咳こんだときにはいっそう、「いいたいこと」のありったけが咳と一緒にこみあげ、あふれてくるにちがいない。でも、その「いいたいこと」をべらべらならべたてることができない。そのことが辛さを強く語っているように思われる。この句が病床での句だったことを知ると、「いいたいこと」がいっそう切実に思われる。川端茅舎に「咳き込めば我火の玉のごとくなり」がある。刑務所長だった三樹夫の父は、俳句雑誌や世界戯曲全集などを揃えていた人だったらしい。三樹夫はチェーホフやストリンドベリなどが好きだったとか。酒と将棋が好きだったというのはわかるけれども、詩作を愛するシャイな男であり、家庭的な人だったというのは意外。あるインタヴューで「ガツガツしないでワキのほうがイイです」と語っていた。他に「冬木立真白き病気ぶらさがっている」という病中吟もある。『鯨の目』(1991)所収。(八木忠栄)
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