November 042010
怖い漫画朝の蒲団の中にあり
小久保佳世子
そのむかし楳図かずおの「蛇女」やつのだじろうの「うしろの百太郎」が怖かった。漫画の中の怖いシーンが頭に浮かぶとトイレに行くのも腰が引けて、ガラス戸にうつる自分に驚く情けないありさまだった。部屋の隅に誰かがいそうな気がして蒲団にもぐり込むのに、その中に怖い漫画があったらますます逃げ場がなくなりそうだ。冬の蒲団は暖かくて、包まれていると何ともいえない安心感があるが、怖い漫画があるだけで冷え切ったものになりそう。それにしても、なぜ「朝の蒲団」なのだろう。夜読むのが恐いから朝方読んでいたということだろうか?お化けと言えば夏だけど、「怖い漫画」と蒲団の取り合わせに遥かむかしに忘れてしまった出来事をまざまざと思い出した。しかし、そんなことが俳句になるなんて! 恐れ入りました。『アングル』(2010)所収。(三宅やよい)
November 032010
一筋に生きてよき顔文化の日
小森白芒子
今日は文化の日。明治天皇の誕生日であり、もともと「天長節」とされ、「明治節」と定められていたが、戦後になってから「文化の日」と改められた。「自由と平和を愛し、文化を進める日」とされる。自由も平和も文化立国も掛け声はともかく、ご存じの通り現状はきわめてお粗末というか困難が継続している。毎年恒例、新聞に大きく文化勲章受章者の記念写真が載るのを、私などはずっと遠い出来事として眺めてきた。今年の受章者は蜷川幸雄ら七名。昨年は桂米朝が受章者の一人だった。一昨年は古橋広之進や田辺聖子ら。それ以前には、受章を辞退したノーベル賞作家や大物女優がいた。もちろん勲章だけが文化の日ではない。かたちだけでなくて、魂の入った文化を育てないことには文化立国が泣く。さて、掲句。喜びを秘めた受勲者の記念写真を詠んだ句ととらえればムム彼らはみな「この道一筋」に生きてきた人たちであり、敬服に値するだろう。安っぽい笑顔ではなく、長年月培われてきた「よき顔」であるにちがいない。いや、叙勲とは関係なしととらえれば、さりげなく巷におられて、「この道一筋」に生きてきた職人とか、おじいさんやおばあさんのことを詠っているようにも思われる。本当はそうなのかもしれない。日頃は厳しいおじいちゃんの顔も、文化の日には特別輝いて「よき顔」に見えるのだろう。見る側の「よき心」だけが「よき顔」を発見できる。平井照敏編『新歳時記・秋』(1996)所収。(八木忠栄)
November 022010
実ざくろの裂けたき空となりにけり
下村志津子
暦の上では晩秋となったが、残暑の疲れも取れぬ間に、冬が横顔を見せているような今年に、明度の高い秋の晴天は数えるほどだった。あらゆる果実は美しい秋の空に冴える。ことにざくろの赤といったら。中七の「裂けたき」は、ざくろの心地といったところなので、「分かるわけない」と両断されてしまえばそれまでだが、それでもざくろにはそんな思いがあるのではないかと意識させる果実である。言わずと知れた鬼子母神を悲しい母の姿が背景に見え隠れしながら枝をしなわせるほどの重さにも屈託を感じる。「裂けたき」によって、ざくろの赤々と光りを宿した内部を思わせ、秋天の芯に向かって、今にもめりめりとまるで花開くように裂けてゆくのではないかと思わせる。句集名の可惜夜(あたらよ)とは、明けるのが惜しい夜。すごい言葉だ。〈可惜夜の鳴らして解く花衣〉〈連翹のさわがしき黄とこぼれし黄〉『可惜夜』(2010)所収。(土肥あき子)
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