October 24 2010
老人はそれぞれ違ふ日向もつ
塚原麦生
わたしの家の近所には大きな団地があります。昔からある団地で、月日とともに住んでいる人たちも年をとってきます。休日にバスに乗り込むと、多くの老人が吊革や棒につかまって危なっかしげに立っていることに気づきます。でも、座っているのはさらに年上の老人ばかりです。もうこうなってしまうと、全席がシルバーシートのようなものです。と、ここで気がつくのは、老人という言葉から受け取る印象です。子供のころには、年をとったら穏やかな老年を迎え、みんな平穏な心持になってのんびりと日向ぼっこをしていられるのだろうと無責任に考えていました。でも、もちろんそんなわけはあるはずがないのです。車窓から深く差し込む日差しの中に座っている老人も、あるいはつり革につかまってよろけている老人も、当たり前のことながらそれぞれに固有の人生を持ち、固有の欲にとらわれ続けているわけです。あたる日の暖かさは同じでも、皮膚に感じる暖かさの種類は、老人それぞれに違っているわけです。『俳句入門三十三講』(2003・講談社)所載。(松下育男)
『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます
|