馬名が気に入って約40年ぶりに買った馬券が的中。ショウワモダン号。(哲




2010ソスN5ソスソス24ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

May 2452010

 臨時総会なる薄暗がりに日傘

                           渡辺誠一郎

う四十年以上も前のことを思い出した。在勤していた河出書房が倒産し、臨時の株主総会が開かれたのは青葉の季節だった。私は組合の書記長という立場から傍聴することになり、すさまじい怒号の飛び交う会合を体験したのだった。窓外の初夏の陽光とは裏腹に、会合は最後まで重苦しくやりきれない雰囲気に包まれた。会社側の社長以下重役陣はひたすら謝りつづけ、株主はひたすら怒鳴りまくり、しかしそんななかにも僅かながら冷静な株主もいて、それらの人がみな業界大手に属すると知れたときには、いっそうやりきれなさが募ったことも思い出された。句の臨時総会の中身はわからないが、「臨時」と言う以上、何かただならぬ事態が想像される。決して明るい総会ではあり得ない。作者の立場も読めないけれど、誰が立てかけたのか、会場の隅の薄暗がりに日傘があるのに気がついた。まったく事態は日傘どころではないのに、そんな個人的な日除けなんぞはどうでもよいときに、どういう了見からか、何事もないかのように持ち込まれた一本の日傘。日傘に罪は無いのだが、なんだか不適切、不謹慎にさえ思えてくる。一本の平凡な日傘も、ときに思わぬことを語りはじめるのである。「週刊俳句 Haiku Weekly」(第161号・2010年5月23日)所載。(清水哲男)


May 2352010

 空き缶がいつか見ていた夏の空

                           津沢マサ子

を書いていてどうにも行き詰まったときには、わたしの場合、登場人物に空を見上げさせます。空を見上げるという行為がもたらしてくれるものに、助けられることがしばしばあるからです。それというのも、八木重吉の有名な「あかんぼが空を見る」を持ち出すまでもなく、人生いろんなことがあるけれども、わたしたちは所詮、空をみつめて生まれ、空を見つめて日々を生き、空を見つめてこの世を去ってゆくからなのでしょう。気がつけば「空き缶」という言葉にも「空」がきちんと入っていて、つまりは空き缶の中には空がびっしりと詰まっているというわけです。どこから見ても明解な句ですが、唯一考えさせられるところは、「いつか」の1語。今ではなく「いつか」と言っているだけなのに、それだけで意味深げになるから不思議なものです。いつかの空に、いったいなにがあったのでしょうか。水溜りの脇に捨てられた空き缶とともに空を見つめれば、私の中もすっかりカラになって、喉もとまで空が満ちてくるような気がします。『角川大歳時記 夏』(2006・角川書店)所載。(松下育男)


May 2252010

 泰山木の花に身を載せ揺られたし

                           林 昌華

供の頃住んでいた病院の官舎のすぐ近くに、広っぱ、とよばれていたグランドがあった。父は脊椎損傷の専門医で、その病院は元、傷兵院と呼ばれ戦争で車椅子の生活となった患者さん達が暮らす療養所だった。グランドは、昼間はテニスコートやアーチェリー場として使われ、夕方からは、学校から帰った官舎の子供が集まって遊ぶ広っぱになった。そこに泰山木の大木があった。官舎は古かったが広い縁側があり、朝夕二十数枚の雨戸を開け閉めするのが私達子供の役目で、毎日泰山木の木を見て過ごした。花を間近で見ると、ふんわりと空気を包むような形の花弁は大きくほんとうに白く、初夏の広っぱの匂いがした。患者さん達は皆車椅子を上手に操りスポーツを楽しみ、私達官舎に住む子供とよく遊んでくれた。思い出すのは優しい笑顔ばかりだけれど、戦争で傷を負い一生をその療養所で送ることを余儀なくされたのだったとあらためて思う。掲出句の心地よさは叶わぬ願いでありどこか極楽浄土も思わせる。泰山木の花の思い出は、療養所の広っぱと父の思い出でもある。『季寄せ 草木花』(1981・朝日新聞社)所載。(今井肖子)




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