暖房無しでがんばっているが、そろそろ限界。風邪引いたら元も子もない。(哲




2009ソスN11ソスソス19ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

November 19112009

 縄跳びの入口探す小春かな

                           河野けいこ

学生のころ休み時間になるたび教室の戸口の脇にぶら下げてある大縄を持って校庭へ駆けだしたものだ。今の学校でも運動会などで大縄跳びが学年対抗の種目になっているところも多いのか、クラス全員揃って跳んでいる姿をときどき目にする。それにしても「お嬢さん、おはいんなさい」と歌で誘われても回る大縄へ横から滑り込むタイミングはなかなか難しい。身体でリズムをとりながらひょいと入らないと縄をひっかけてしまう。なんせ中で友達が3人4人跳びながら待っているのだから中断させるわけにはいかない。ヒュンヒュンと地面を打って縄を回す音が間近になり、一瞬をねらってとび込む緊張感。ああ、そういえばあれは縄跳びの入口を探していたのかもしれない。やわらかな小春日和の中でタイミングをうかがってまだとび込めずにいる子を見かけたら「あそこに入口があるよ」そっと教えてあげよう。『ランナー』(2009)所収。(三宅やよい)


November 18112009

 炬燵して語れ真田が冬の陣

                           尾崎士郎

の時季、北国ではもう炬燵が家族団欒の中心になっている。ストーブが普及しているとはいえ、炬燵にじっくり落着いてテコでも動かないという御仁もいらっしゃるはずである。広い部屋には炬燵とストーブが同居しているなどというケースも少なくない。日本人の文化そのものを表象していると言える。「真田が冬の陣」とは、言うまでもなく真田幸村が大坂城で徳川方を悩ませた「冬の陣」のことをさす。その奮戦ぶりを「語れ」という、いかにも歴史小説家らしい着想である。幸村はその後、「夏の陣」で戦死する。私は小学生の頃、炬燵にもぐり込んで親戚の婆ちゃんから怖い話も含めて、昔話を山ほど聞いた思い出がある。しかし、その九割方はすっかり忘れてしまった。炬燵の熱さだけが鮮明に残っているのは我ながら情けない。大学一年の頃は、アパートのがらんとした三畳間で電気炬燵に足をつっこんで、尾崎士郎の「人生劇場」(これまで十数回映画化されている)をトランジスターラジオにかじりついて毎夜聴いていた。古臭い主題歌に若い胸を波立たせていたっけなあ。物語をじっくり話したり聴いたりするのには炬燵こそ適している、と思うのは私が雪国育ちのせいかもしれない。士郎は俳句を本格的に学んだわけではなかった。他に「うららかや鶏今日も姦通す」がある。蕪村には「腰ぬけの妻うつくしき炬燵かな」。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)


November 17112009

 ここよりは獣道とや帰り花

                           稲畑廣太郎

り花は、小春日和のあたたかさに、春咲く花がほころびることをいう。「狂い咲き」という表現もあるが、これを「帰ってきた花」と見るのは、俳句特有の趣きだろう。先日奥多摩の切り通しを歩いたときに、車道とはずいぶん違うルートをたどることに気づいた。尾根伝いに切り開かれた道は、どこも身幅ほどで険しく、人間が足だけを使って往来していた時代には、獣たちも共用していたと思わせる小暗さと荒々しさがあった。そして山道は車道で唐突に分断され、道路には「動物とびだし注意」の一方的な警告がやけに目についた。掲句では、この先の小径は獣道なのだろうとつぶやいた言葉に、ほつと咲く季節はずれの花が、人と獣の結界をより鮮やかに、心優しくイメージさせる。思いがけない花の姿は、冬の足音をあらためて感じさせ、獣道を通う生きものたちの息づかいがこの奥にあることを予感させる。そしてまた獣の方も、この花を目印に人出没注意、と心得ているようにも思えてくるのだ。同句集には〈小六月猫に欠伸をうつされし〉もあり、こちらは思いきり人間界にくつろぐ獣の姿。これもまた小春日が似合うもののひとつである。『八分の六』(2009)所収。(土肥あき子)




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