小学生のとき礼文島で金環食。遠く離れた山口県で少し欠けた太陽を見た。(哲




2009ソスN7ソスソス22ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

July 2272009

 蝶白く生れて瀑の夜明けかな

                           八十島 稔

(たき)は滝で夏。滝も地形それぞれによってさまざまな形状がある。掲出句の滝は「華厳瀑にて」という詞書があるから、ドードーと長々しくダイナミックに落ちる日光・中禅寺湖から落ちる滝である。私は夜明けの滝をつぶさに見た経験はないけれど、白い帯になって落ちつづける滝のしぶきから、あたかも白い蝶が次々に生まれ出てくるような勢いが感じられるのであろう。あたりを払うようなダイナミズムだけでなく、蝶を登場させたことで可憐な清潔感が強く表現されている。稔は岩佐東一郎や北園克衛らとともに、戦前に俳句を盛んに作っていた詩人の一人であり、句集『柘榴』を「風流陣文学叢書」の一冊として刊行している。同じ華厳滝を詠んだ句「わが胸を二つに断ちて華厳落つ」(福田蓼汀)には、対照的な豪快な調べがあるけれど、掲出句は静けささえ感じさせるきれいな夜明けである。私事になるが、日光の華厳滝はもう二十数年以上見ていない。真冬のそれを見たときには、別な凄まじさで圧倒された。滝の句では、他に中原道夫の「瀧壷に瀧活けてある眺めかな」に悠揚迫らぬ味わいがあって忘れがたい。『柘榴』(1939)所収。(八木忠栄)


July 2172009

 蝉生れ出て七曜のまたたく間

                           伊藤伊那男

曜(しちよう)とは太陽と月、火星、水星、木星、金星、土星をさし、これらを日曜から土曜までの曜日名とした7日間をいう。一ヵ月や一年というくくりがない、7種類の星の繰り返しが全てである七曜は、一週間を意味しながら、太陽系の惑星が連なる果てしない空間も思わせる。七日間といわれる蝉の一生は、もう出会うことのない月曜日、二度とない火曜日、と思うだに切ないが、それが運命というものだろう。何年か前、数日降り通しの雨がようやく上がった深夜の蝉の声に、ぎょっとしたことがある。命の限界を前に、切羽詰まったもの苦しいまでの鳴き声に、単なる憐憫とは異なる、どちらかというと恐怖に近い感情を抱いた。日本人の平均寿命の80年も、巨大な鍾乳洞でいえばわずか1cmにも満たない成長の時間である。それぞれの生の長さは、はたしてどれも一瞬なのだ。ままならぬ「またたく間」を笑ったり泣いたり、じっと辛抱したりしながら、懸命に生きていく。〈ひきがへる跳びて揃はぬ後ろ足〉〈くらければくらきへ鼠花火かな〉『知命なほ』(2009)所収。(土肥あき子)


July 2072009

 兵泳ぎ永久に祖国は波の先

                           池田澄子

索の便宜上、この句は夏の部「泳ぎ」に入れておくが、本質的には無季の句だ。「兵」が「泳ぐ」のは遊泳でもなければ鍛練などのためでもないからである。難破によるものか、あるいは撃沈されたのか。いずれにしてもこの兵(等)は母艦を離れることを余儀なくされ、荒波に翻弄されるように泳いでいる。必死に泳ぐ方向は、実際には不明なのだとしても、彼の頭の中では「祖国」に向いている。そして、その目指す祖国は絶望的に遠い。到達不能の彼方にある。そのようにして、かつての大戦では多くの兵が死んでいった。その無念極まる死を前にした彼らの絶望感を、「永久に祖国は波の先」と詠む作者の心情はあまりに哀しいが、しかしこれが現実だった。「祖国」とは、その地を遠く離れてはじめて実質化具体化する観念だろう。ましてや絶望の淵にいる人間にとっては、祖国は観念などではあり得ず、まぎれもない実体に転化するだろう。寺山修司の有名な歌「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」の祖国には、このような実質感ははじめから存在しない。このときに寺山修司はあくまでもロマンチックであり、池田澄子はリアリスティックである。今年もまた敗戦忌がめぐってくる。そしていまだに、かつての兵(等)は波の先の彼方に祖国を実感し、泳ぎつづけている。「俳句」(2009年7月号)所載。(清水哲男)




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