蜘蛛の糸が離れて呉れなくて困ることがある。蜘蛛も でしょう。(森田省子)(哲




2009ソスN7ソスソス19ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

July 1972009

 お互いにそれは言わずにかき氷

                           川阪京子

週に引き続いて子供の句です。この句は作者が高校2年生のときに詠まれたもの。ことさら意味を解説するまでもなく、こんなこともあるなと、だれしも思いつくことのできる、平明な句です。友人との喧嘩のあとでしょうか。理解のすれ違いが原因のようです。語り合えば双方の誤解が解けると、わかってはいても、意地を張り続けてみたい時はあるものです。それでも一緒にかき氷を食べているところを見ると、お互いを思う心は、かなり深いようです。仲がよいからこそぶつかってしまう。人と人とのつながりとは、なんとも不思議なものです。相手の怒り方も、この先どのように和解してゆくかも、予想はついているのです。だから今、そのことを言い出す必要もないと、お互いがわかっているのです。そのうちにまた接近することは間違いがない。そんな関係性にもたれながら、氷小豆と氷イチゴでも食べているのでしょうか。「ひとくち頂戴」と、相手の氷にスプーンを持ってゆけないのが、多少つらいところです。『ことばにのせて』(2008・ブロンズ゙新社)所載。(松下育男)


July 1872009

 踏切を渡れば一気夏の海

                           大輪靖宏

んだか無性に懐かしい光景。水平線と入道雲を見ながら海へ向かう道、できれば少し上り坂がいい。単線の踏切にたどり着くと、目の前に真夏の海がひらける。線路がスタートラインであるかのように海に向かって走った夏。一気、の一語の勢いに、目の前の海から遙かな記憶の海へ、思いが広がってゆく。長く大学で教鞭をとっておられた作者だが、この句集『夏の楽しみ』(2007)のあとがきには「私は昔から夏が好きだったのだ。なにしろ、夏休みであるから働かなくていいのである」。そういえば、第一句集『書斎の四次元ポケット』(2002)に〈トランクをぱたんと閉めて夏終る〉の句があり、いたく共感した覚えがある。楽しい時間は、すぐ終わってしまう。八月になると、あっという間に過ぎる夏休み。今年は暦の関係で、17日に終業式の学校も多かっただろう。子供達も今が一番幸せな時だ。(今井肖子)


July 1772009

 客揃ひ団扇二本の余りけり

                           高田風人子

人客が来たかがわからないから団扇を何本用意しておいたのかもわからない。とにかく二本余ったのだ。「揃ひ」は予定通り客が全員来たということ。つまり、迎える側は客の数はわかっているのにそれに合わせて団扇を準備せず、いい加減に揃えて置いた。この句の眼目はそこにある。団扇というものは、まあ、いい加減にざっと用意しておく程度のもの。そう言われてみるとそんな感じもしてくる。団扇の数引く客の数イコール二という連立方程式の片方のような「数の不思議」を見せつつ団扇というものの本意を描く技の句だ。『ホトトギス俳句季題便覧』(2001)所収。(今井 聖)




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