大輪靖宏の句

July 1872009

 踏切を渡れば一気夏の海

                           大輪靖宏

んだか無性に懐かしい光景。水平線と入道雲を見ながら海へ向かう道、できれば少し上り坂がいい。単線の踏切にたどり着くと、目の前に真夏の海がひらける。線路がスタートラインであるかのように海に向かって走った夏。一気、の一語の勢いに、目の前の海から遙かな記憶の海へ、思いが広がってゆく。長く大学で教鞭をとっておられた作者だが、この句集『夏の楽しみ』(2007)のあとがきには「私は昔から夏が好きだったのだ。なにしろ、夏休みであるから働かなくていいのである」。そういえば、第一句集『書斎の四次元ポケット』(2002)に〈トランクをぱたんと閉めて夏終る〉の句があり、いたく共感した覚えがある。楽しい時間は、すぐ終わってしまう。八月になると、あっという間に過ぎる夏休み。今年は暦の関係で、17日に終業式の学校も多かっただろう。子供達も今が一番幸せな時だ。(今井肖子)


July 0972016

 仰向きて泳げば蒼き天深し

                           大輪靖宏

年ほど前に観たアニメ映画『サカサマのパテマ』を思い出した。重力が地上と真逆の方向に働いている地下の世界に住む少女パテマが、とあるきっかけで地上へ堕ちて?しまうところから始まってゆく物語だ。地上に出ても、パテマ自身には空に向かって重力が働いているので、何かにつかまっていないと永遠に深い空へ落ちていってしまう。高所恐怖症の筆者は画面を見ながら想像するだけで足がむずむずしたが、よくできているおもしろい映画だった。掲出句の作者はおそらく海に浮かんでゆっくり泳いでいるのだろう。背中の下は海の底、浮力で少し軽くなった体にゆるやかな重力がかかり、視線の先には真夏の青空が広がっている。天が深い、という表現には、海に自重をあずけるうちに天地が曖昧になり、空の彼方の宇宙空間にまで思いが飛んでいくような不思議な感覚を覚える。『海に立つ虹』(2016)所収。(今井肖子)




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