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April 2842009

 朧夜の切株は木を恋うてをり

                           百瀬七生子

い輪郭の春の月と、鮮やかに輝く秋の月。どちらもそれぞれ美しく、古来より人々に愛されてきたものだが、理屈をいえばその差は空気中の湿度が影響している気象現象である。しかし朧夜が持つ格別な風情には、明るくもなく、暗くもなく、曖昧という音感に漂う月のありようが、大気を一層潤ませているように思う。まろやかな月光がしっとりしみ込む春の夜。年輪をあらわに夜気にさらした切株が、ありし日の思い出に身をゆだねている。大樹だった頃の一本の幹の輪郭をうっとりと懐かしみ、千枚の若葉の繁りを狂おしく宙に描く。太陽の光をやさしく漉してから注ぐ乳白色の月の光に、春の大気が加わると、痛みを持つものに声を与えてしまうのかもしれない。朧夜にそっと耳を澄ませば、木の言葉や、石のつぶやきに地上は満たされていることだろう。〈胴ながく兎抱かるる山桜〉〈仏にも木の香のむかし朴の花〉『海光』(2009)所収。(土肥あき子)


May 1452009

 朴の花朝の卵を二つ割る

                           河西志帆

京では日中、夏のように暑い日が続いたけれどひんやり、さっぱりした朝晩の空気はこの季節ならではのもの。毎年開くのを楽しみにしている近所の泰山木の花はまだ固い蕾だけど朴の花が咲くのはいつごろだろう。「群生する梢の先に黄白色の大きな花を開く」と歳時記にあるが、朴の葉は大きく茂るので、下から見上げても花の全容は定かでないだろう。それでも泰山木と同じく青空に凛と咲く立ち姿を想像するのも味わいがある。「二つ割る」は卵の数であって、卵を二つに割るという意味ではないのだけど、卵をボールに割りおとしときの黄味の盛り上がりとぱかんと割れた卵の殻が朴の花のイメージと重なる。初夏の爽やかな朝の空気と新鮮な卵を割りおとしたときの感覚がよくマッチしていて気持ちがいい。卵を割る何気ない日常の動作と朴の花。どこか手放せない新鮮な印象がこの取り合わせから生まれている。『水を朗読するように』(2008)所収。(三宅やよい)


June 0462013

 十薬や予報どほりに雨降り来

                           栗山政子

年も5月14日の沖縄を皮切りに、例年だと今週あたりで北海道を除く日本列島が粛々と梅雨入りする。サザエさんの漫画では雨のなか肩身狭そうに社員旅行をしている気象庁職員や、あまり当たらないがたまに当たることから「河豚」を「測候所」と呼んでいた時代もあったというが、気象衛星や蓄積データの功績もあり、いまや90%の確率という。十薬とはドクダミをいい、日陰にはびこり、独特のにおいから嫌われることも多いが、花は可憐で十字に開く純白の苞が美しい。掲句では、雨が降ることで十薬の存在をにわかに際立たせている。さらに「予報どほり」であることが、なんともいえない心の屈託を表している。毎朝テレビを付けていれば、また新聞を開けば目にする天気予報である。天気に左右される職業でない限り、通り雨や日照雨(そばえ)を「上空の気圧の谷の接近で午後3時から5時までの間でにわか雨となるところがあるでしょう」などと解明されるのは、どことなく味気ないのだ。いや、的中することが悪いというわけではない。お天気でさえ間違いがないという、そのゆるぎなさに一抹のさみしさを感じるのだ。せめて「今日の午後は狐の嫁入りが見られるでしょう」のように、民間伝承を紛れ込ませてくれたら楽しめるような気がするのだがいかがなものだろう。〈喉元を離るる声や朴の花〉〈露草や口笛ほどの風が吹き〉『声立て直す』(2013)所収。(土肥あき子)




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