蟄」隱槭′譚ア莠ャ螟ァ遨コ隘イ縺ョ句

March 1032009

 駅の灯の遠く三月十日かな

                           中田尚子

灯に照らされるプラットホームに立ち、ホームに入る電車に乗り込むという行為はごく日常にありながら、駅の灯を思うときには、なぜかいつもはるかかなたに存在するように思う。悪夢には、追いかけられるものと、追いかけても決して近づけないものがあるのだそうだが、遠い灯は後者の代表的なものだろう。昭和20年3月10日、東京大空襲。作者は昭和30年代の生まれであるから、実際の戦争体験はないがしかし、戦争の記憶は、語り継がれることで後世の身に刻まれていく。悪夢を例にあげるまでもないが、掲句の「遠く」は単に距離や過ぎた年月だけをいうものではないだろう。か細くまたたく駅の灯は、さまざまな人々の戦争のおそろしい体験が、時代を超えてそれぞれの胸に灯されたものだ。10万人を超える人々をこの世からぬぐい去った東京大空襲で、堅川に暮らしていた父も、両親と姉二人を亡くした。会うことの叶わなかったわたしの家族であった人たち。うららかな日和であればあるほど、遠い日が切なく、恨めしい。「百鳥俳句選集第2集」(2009)所載。(土肥あき子)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます