November 25112008

 枇杷咲くや針山に針ひしめける

                           大野朱香

語は枇杷の花。今頃が盛りといえば盛りの花だが、夕焼け色の美しい果実に引きかえ、人間に愛でられる可能性を完全に否定しているような花群は、本当にこれがあの枇杷になるのか、と悲しくなるほど地味な姿だ。一方、針山に針が刺されていることに別段不思議はないのだが、先の尖った針がびっしりと刺さっている様子もなにかと心を騒がせる。これらのふたつは「ひしめける」ことによって、まったく違う質感であるにも関わらず、お互いに触れ合っている。群れ咲く枇杷の花は決して奥ゆかしくもなく陰気で、どちらかというと貪欲な生命力さえも感じられる。針山という文字から地獄を連想される掲句によって、それは地獄に生える木なのだと言われれば、なんとなく似合う風情もあるように思えてしまう。と、ここまで書いて、これでは枇杷の木に対してあんまりな誹謗をしているようだが、そのじつ枇杷の実は大好物である。果実が好ましいあまり、花も美しくあって欲しかったという詮無い気持ちが本日の鑑賞の目を曇らせている。〈ダッフルコートダックスフンドを連れ歩き〉〈年の湯や両の乳房のそつぽむき〉『一雫』(2008)所収。(土肥あき子)


November 27112015

 城近き茶店の池の浮寝鳥

                           同前悠久子

光や散歩で人々が訪れる名所旧跡に茶店はつきものである。そしてお堀とか池とか噴水など水が風景を飾る。その水の風景のアクセントとなって様々な鳥たちが人々の目を楽しませている。どんな鳥か暫く観察する。白鳥、鴨、鳰、鴛鴦などを発見。秋に渡って来てここで越冬し春には帰っていくものもいれば、ここに居着いた鳥も居る。水に潜ったり翼に嘴をさし入れたり様々な姿態で点在している。水上に浮かんで寝ているものが居る、浮き寝鳥という。鴨ならば浮き寝鴨とでもいうところ。一杯の珈琲の寛ぎタイムも流れさって、人間はそれぞれの持ち場に帰ってゆく。鳥たちはのんびりと眠り続ける。他に<花枇杷を待つ日々は佳し恋に似て><足元にかすかに揺るる黄千両><玉子酒ふと作りたしひとり居の>などあり。俳誌「ににん」(2015年冬号)所載。(藤嶋 務)




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