今日明日と遠出「余白句会」。伊香保温泉へ。やっぱり雨ですな、がっくり。(哲




2008ソスN6ソスソス21ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

June 2162008

 しんしんと離島の蝉は草に鳴く

                           山田弘子

京は今梅雨真っ盛りだが、昨年の沖縄の梅雨明けは六月二十一日、今年はもう明けたという。梅雨空は、曇っていても、雨が降っている時でさえ、なんとなくうすうす明るい。そんな空をぼんやり見ながら、その向こうにある青空と太陽、夏らしい夏を待つ心持ちは子供の頃と変わらない。東京で蝉が鳴き始めるのは七月の梅雨明け前後、アブラゼミとニイニイゼミがほとんどで、うるさく暑苦しいのだが、それがまた、こうでなくちゃとうれしかったりもする。この句の蝉は、草蝉という草むらに棲息する体長二センチほどの蝉で、離島は、宮古島だという。ずいぶんかわいらしい蝉だなあと思い、インターネットでその鳴き声を聞いてみた。文字で表すと、ジー、だろうか。鳴き始めるのは四月で、五月が盛りというからもう草蝉の時期は終わっているだろう、やはり日本は細長い。遠い南の島の草原、足元から蝉の声に似た音が立ちのぼってくる。聞けば草に棲む蝉だという。いち早く始まっている島の夏、海風に吹かれ、草蝉の声につつまれながら佇む作者。しんしんと、が深い情感を与えている。句集名も含め、蝉の字は、虫偏に單。『草蝉』(2003)所収。(今井肖子)


June 2062008

 蹴らるる氷拾ふは素手の舟津看護婦

                           岩田昌寿

常の一瞬が鋭く切り取られている。なんでもない風景を切り取って俳句にすることは難しい。切り取られた瞬間が偶然にも「詩」となるのはまさに奇跡である。舟津という看護婦の名は偶然得られたもの。氷が蹴られたものであることも、拾うのが素手であることも何でもないことだが、書かれてみるとそれぞれの動きも感覚も必然に思えてくる。先入観に支配された我々がこういう偶然を手にするのは意図しても難しい。場面に演出を加えてもその段階で「効果」を謀るからおよそ過去の堅実な「部品」や「組み合わせ」を用いることになる。こういう句を生み出せる方法は三つある。一つ目は自分が否応もなく異常な状態に置かれること。例えば病気末期の状況。二つ目は精神に異常をきたすこと。三つ目は先入観を捨て去って、初めて出会ったものを見るようにいつもの風景を見られること。藤の花の美しさを詠むのではなく、活けた藤の花房と畳との距離を詠んだ子規は一つ目のタイプ。病状が子規をして視覚に固執せしめた。この句の作者は二つ目のタイプ。多摩の精神病院で四一歳の生涯を終えている。両者を望まねば三つ目のタイプになるしかないが、そんな天才はいまだに知らない。「写生」とは恐ろしいほど難しい方法である。「俳句研究」(1977年8月号)所載。(今井 聖)


June 1962008

 どうしても子宮に手がゆくアマリリス

                           松本恭子

んなで聞こう/楽しいオルゴールを/ラリラリラリラ/しらべはアマリリス(『アマリリス』岩佐東一郎作詞)アマリリスの名前を知ったのは教室で習った唱歌からだったが、実際に花を見たのはだいぶ後からだったように思う。このあいだ歩いた茗荷谷の細い路地では大きな赤い花を咲かせたアマリリスの鉢植えが戸口のあちこちに置かれていた。「子宮」という生々しい言葉に一瞬ぎょっとなるけど、アマリリスという優しい花の名前が幾分その衝撃を和らげている。「どうしても子宮に手がゆく」という表現に女に生まれ女の身体に向き合っている哀しみにも似た感情が託されているのだろう。デビューのときにはレモンちゃんの愛称で親しまれ、そのすがすがしい青春性が話題になった作者だが、掲句を含む句集では「私」の感情を中心に身体を通して対象をとらえる主情的な俳句が多かったように思う。「白昼夢機械いぢれば声の出る」「どこまでもゆけると思ふ夜の鹿」『夜の鹿』(1999)所収。(三宅やよい)




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