秋葉原では無差別殺傷。三鷹では認知症の母殺し。やりきれない日曜日だった。(哲




2008ソスN6ソスソス9ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

June 0962008

 継ぎ接ぎて延ばすいのちや梅雨に入る

                           清水基吉

者はこの三月の末に亡くなった。享年八十九。ちょうど一年前の句だ。「継ぎ接ぎて」と、「つぐ」に別々の漢字をあてたところに、この年齢ならではの実感を読み取ることができる。「継ぐ」は親からさずかった命の自然的な継承を意味し、「接ぐ」には入院治療など本人の意思で延命をはかってきたことを指している。両者あいまっての寿命というわけだが、そんな一種のあがきのなかで、今年も梅雨の季節を迎えたと言うのである。この年齢まで来ると、もはや梅雨が鬱陶しいだとか憂鬱だとかという心情的なレベルは越えていて、作者はただ季節の移り変わりの様子に呆然としているかのようである。生きてまた、今年も梅雨を迎えてしまったか……。それはしかし感慨でもなく、ましてや詠嘆でもなく、作者はただうずくまるようにして、そのことを自分に言い聞かせている。高齢の人の偽りのない気持ちがよく出ていて、読者はそこに救われるのである。この句を収めた最後の句集を、作者は生きて見ることはできなかった。『惜別』(2008)所収。(清水哲男)


June 0862008

 足跡は一歩にひとつ作り雨

                           桑原三郎

り雨という、なんとも品のよい言葉に目がとまりました。歳時記の解説によりますと、「屋根などから水道水を雨のように庭に降らせて涼を作り出すこと」とあります。夏の盛りの日の照りつけている道を、暑さに耐えながら一歩一歩と歩いている人に、ふと、水しぶきが当たります。顔を上げてみれば、ある一軒の家の屋根からきらきらと冷たい水が降り注いでいる、そんな意味なのでしょうか。「足跡は一歩にひとつ」までは、なんでもない日常の中で、ひたむきに生きている人の姿を象徴しているようにも読めます。こつこつと生きてゆく日々には、特に何が起きるわけでもありません。そんな折、ちょっとした非日常の輝きに満ちた驚きが訪れることがある、それが「作り雨」によってあらわされているのではないのでしょうか。一歩にひとつという、当然のことをことさらに言うことで、日々の耐え忍ぶさまが巧みに表現されています。さらに、「作り雨」の「作る」が、「足跡」にもかかっているようにも見えますが、そこまで解釈を広げてしまうと、私にはもう手に負えません。ともあれ「作り雨」、美しい言葉です。『角川俳句大歳時記 夏』(2006・角川書店) 所載。(松下育男)


June 0762008

 緑蔭や光るバスから光る母

                           香西照雄

を一読する時間というのは、ほんの数秒、ほとんど一瞬である。そこで瞬間の出会いをする句もあれば、一読して、ん?と思い、もう一回読んでなるほどとじんわり味わう句もある。時には、あれこれ調べてやっと理解できる場合も。この句は、一読して、情景とストーリーと作者の思いが心地良く伝わってきた。緑蔭は、緑濃い木々のつくる木陰。そこで一息ついた瞬間、木陰を取り囲む日差し溢れる風景が、ふっと遠ざかるような心持ちになるが、緑蔭のもつ、このふっという静けさが、この句の、光る、のリフレインを際だたせている。作者は緑蔭のバス停にいるのか、それとも少し離れた場所で佇んでいるのか。バスの屋根に、窓ガラスに反射する太陽と、そのバスから降りてくる母。まず、ごくあたりまえに、光るバス、そして、光る母。光る、という具体的で日常的な言葉が、作者の心情を強く、それでいてさりげなく明るく表現している。『俳句歳時記第四版・夏』(2007・角川学芸出版)所載。(今井肖子)




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