蟄」隱槭′邇芽怙鮟阪ョ闃ア縺ョ句

June 0262008

 口笛のさびしき玉蜀黍の花

                           中嶋憲武

語は「玉蜀黍(とうもろこし)の花」で夏。歳時記に載っているくらいだから、昔はポピュラーな花だったのだろうが、いまではめったに見ることがない。以前は都会でも、庭の塀添いなどに植えている家庭もよくあった。雄花と雌花とがあるけれど、この場合はいまごろ咲きはじめる雄花だろうか。茎のてっぺんに、まことに地味な放射状の花が開く。秋に実るのは雌花のほうである。句を読んで、少年時代を思い出した。我が家の芋畑やトマト畑の片側三畝くらいだったろうか、玉蜀黍を育てていて、その成長ぶりはいまでも思い出すことができる。他の野菜類に比べれば、抜群に背が高くなり、子供の背丈などはすぐに越えてしまう。けれども、なぜか生長の勢いというものがあまり感じられず、とても孤独な雰囲気を漂わせる植物なのだ。なんとなく申し訳なさそうに、肩をすぼめている感じ。花もまた同様であって、すみませんすみませんという感じ。この句の「さびしき」は「口笛」にも「玉蜀黍の花」にもかけられているが、作者が感傷的になっているのはむろんだとしても、それよりも玉蜀黍の存在感そのものが「さびしき」という形容にぴったりなので、私は立ち止まってしまったという次第。玉蜀黍をよく知る人でないと、こんな具合には詠めないと思った。「豆の木」(2008年4月・第12号)所載。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます